「返歌」の検索結果
全体で4件見つかりました。
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件
代筆屋を営む私の元に、大店の旦那が手紙をもってやってきた。
それは、菊乃からの手紙。
旦那から受け取った扇子に書かれた返歌を読み、私は向かう。
愛しいあの子の元へ……
文字数 10,138
最終更新日 2023.05.31
登録日 2023.05.31
平安時代の女流歌人、「相模」を知っているだろうか。
百人一首にも選歌されるほどの、一流歌人であるが、その一生は謎だらけである。
その彼女が相模国に下向した折に詠作し、走湯権現に奉納したとされる百首歌群がいかになったか。
「相模」に返歌を贈った、「権現」は何者であったか。
研究者たちの推論はさまざまである。
夫であった相模守「大江公資」であった。いや、恋仲の、藤原定頼ではなかったか、などなど。
筆者はここに、新しい人物を比定し、物語を編んだ。
そうすることで、相模国での、歌人「相模」の生活ぶりを、少しでも浮かび上がらせたかった。
文字数 15,907
最終更新日 2019.03.06
登録日 2019.03.02
【あらすじ】
江戸後期。姫路藩藩主の叔父、酒井抱一(さかいほういつ)は画に熱中していた。
憧れの尾形光琳(おがたこうりん)の風神雷神図屏風を目指し、それを越える画を描くために。
そこへ訪れた姫路藩重役・河合寸翁(かわいすんおう)は、抱一に、風神雷神図屏風が一橋家にあると告げた。
その屏風は、無感動な一橋家当主、徳川斉礼(とくがわなりのり)により、厄除け、魔除けとしてぞんざいに置かれている――と。
そして寸翁は、ある目論見のために、斉礼を感動させる画を描いて欲しいと抱一に依頼する。
抱一は、名画をぞんざいに扱う無感動な男を、感動させられるのか。
のちに江戸琳派の祖として名をはせる絵師――酒井抱一、その筆が走る!
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より
文字数 10,678
最終更新日 2024.06.04
登録日 2024.05.31
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