訳せない日本語 日本人の言葉と心

風情がある

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培われた力

アメリカ留学中、私にとって唯一肩の力を抜いてリラックスできた時間が、週末の夜に特別に放送される日本のテレビ番組を見ることでした。当時は、日本のニュースや再放送のドラマ、ドキュメンタリーなどが放送されていました。そして、番組と番組の合間には、日系コミュニティの情報や食材などのコマーシャルが流れていました。これらのコマーシャルの中に、いつも流れる私の好きなものがありました。それは、カリフォルニア州で採れる「お米」のコマーシャルでした。

そのコマーシャルでは、収穫前の黄金色に輝く稲が風に揺れ、日本の秋の田園風景が映し出されており、なんとも言えない美しさ、穏やかさ、そして懐かしさに、私の心は奪われていました。

当時、慣れないアメリカ生活のリズムや学校の宿題や研究に追われ、誰とも会わず、ひと言も話さず、寮の部屋で一日を過ごすことは珍しくありませんでした。そして、精神的に参ってしまい、自分は一体アメリカに何しに来たのかと、自問自答するようなこともありました。そんな中、このコマーシャルの風景を見ては、生まれ育った地元の田舎風景が脳裏に浮かび、遠く離れた日本や家族のことなどを思い出し、寂しさを感じつつも、日本の美しい景色に心を癒やされていました。

私が生まれ育った場所は、山口県の徳地という山間部の地域で、山と川に囲まれた自然豊かな場所です。季節によって、衣替えをするかのように景色を変化させる、大自然の中でのびのびと育ちました。そこで培われたもののひとつに「風情」を感じるとる力があります。きっと田舎で生まれ育った方の多くは、特にこの「風情」に対する感覚が強いのではないかと思います。

不思議な言葉

私たちは日本の四季が創り出す自然で、儚(はかな)く、質素かつ静寂な情景を見たり、その中にある美しさを感じたりした時、何気なく「風情がある」と口にします。しかし、この言葉の意味や由来などを深く考えたことがある方は少ないと思います。

日本語の意味の深さを確認するために、一度「風情がある」という言葉を英語で考えてみます。英語では「tasteful」(味わいがある)「refined」(洗練された)「charming」(素敵な) という言葉が当てはめられるようです。これらの英単語を見てみると、なんとなく「風情がある」という意味のように思えますが、何か欠けているような、腑に落ちないような気がしないでしょうか。

元来「風情」とは、「情緒」(物事に触れて生じるさまざまな感情や、その感情を起こさせる特殊な雰囲気など)や、「気配」「様子」「ありさま」「仕草」「身だしなみ」などを意味します。「風情がある」と言った場合、これらの「風情」が私たちの中にある「何か」と共鳴しているということなのです。

では、その「何か」とは何なのかというと、それは自然の中で生きる私たちの五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を通した体験と記憶です。五感を通して感動したことや印象に残った美しさや自然の厳しさなど、無意識のうちに私たちの中に記憶として蓄積され、その記憶と直面した現象が触れ合った時、それが私たちに「風情がある」と思わせる感情を生み出すのです。この感覚は、「懐かしさ」という言葉にも通じるかもしれません。なんとも不思議な言葉です。

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プロフィール

大來尚順
大來尚順

1982年、山口県生まれ。僧侶でありながら講演や執筆、通訳や仏教家関係の書物の翻訳なども手掛け、活動の場を幅広く持つ僧侶。龍谷大学卒業後に渡米。米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。

ビジネスマンの悩みを仏教の観点から解決に導く著書『端楽(はたらく)』や、英語に訳せない日本語の奥深さを解いた『訳せない日本語』(ともにアルファポリス)が好評のほか、国内外を問わず仏教伝道活動を広く実践している。

著書

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