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3章 悪魔裁判
12.バルトサールの謀
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一度だけ訪れたことのある魔道具試作棟は、以前と違ってひっそりとしていた。確か、前は広く取られた試作エリアで各々研究にふける魔道具師達がポツポツといたはずだった。
しんとした建物内をキョロキョロと部屋を見渡すエヴァに、バルトサールはクスリと笑う。
「ふっふーん。こんなこともあろうかと既に人払いは済んでいるよ!」
ぶぃっと、指をつき出すバルトサールはいたずらが成功して喜ぶ子どものようだった。どんな状況でも変わらないその性格に、エヴァは思わず吹き出す。
笑うエヴァを優しく見つめたバルトサールは、自身の執務室へとエヴァを誘導する。
ソファに腰掛けて、ため息をつくエヴァに手ずからハーブティーを入れてくれた。
「このお茶、僕のお気に入りなんだ。研究で興奮する脳を鎮めるのにちょうど良い。さぁ、どうぞ」
トロリとした甘味のあるお茶を一口含み、ほぅと一息吐いたエヴァは、そこでやっと意識を他に向けることができた。
「ありがとうございます。そのポットも魔道具ですか?」
「そう。無限に水が湧き、ボタン一つでお湯が沸く。保温機能もあるよ!」
「へぇ、便利ですね」
「そうだろうとも」と自慢げに笑うバルトサールは、得意そうに、自身が製作した魔道具を次々と机に並べる。
ここ数日、怒涛のような日々を過ごしていたエヴァは、オリヤンたちの話以外を聞くのは久しぶりだな、とぼんやりと考えた。
気をつかわせてしまっただろうか。そう考えて、いや、と頭を振る。嬉々として魔道具の説明をするバルトサールは恐らく単純に話したくて話しているのだろう。
――――あぁ、でも。すこし、疲れたな。
どっと疲労感が押し寄せてきて、そのままエヴァは意識を失った。
どさり、とソファに倒れたエヴァを見て、バルトサールはピタリと話をやめる。
そして、そっと彼女を抱き上げると、執務室の奥にある仮眠室へと向かった。
「ゆっくりお休み」
◆
………ヴァ!エヴァ、エヴァ!!!
頭の中を直接的殴られるような騒音に、エヴァは頭を押さえるようにして起き上がった。
簡素な白い部屋にポツンと置かれたベッドの上にエヴァはいた。
「いったぁ……!何?ラタ?」
見覚えの無い風景に多少焦りながら、周りを見渡し、小リスの名前を呼ぶと、騒音が止む。そして、少し焦ったような声音が聞こえた。
――――いきなり、僕の感知内から気配が消えたからビックリした!今どこ?
――――魔道具試作棟にいたはずなんだけど。君は?
――――今はエヴァの部屋にいる。良かった、無事なんだな?道を拓く。呼んでくれ!
「ラタ、僕はここだ。おいで」
エヴァの言葉に反応するように目の前に小さな魔力の珠が浮かぶ。渦巻くその中から体をこじ開けるように、ラタが姿を表した。
『なんだ、ここ!せっま!』
「どういうこと?」
『ここは極端に魔力が使いにくい!自分が通る隙間の道を開けるんで精一杯だ!』
お腹をつっかえさせながら、必死に魔の通り道から出て、エヴァの肩に乗ったラタはキィキィと文句を言う。
『急に気配が消えたから心配したんだぞ!何度呼び掛けても応えないし!!!』
エヴァは苦笑しながらラタの背を宥めるように撫でる。
「ごめん、ごめん。ちょっと寝てたみたい。お茶飲んでたとこまでは覚えてるんだけど……でも、なんで急に気配が消えたんだろう?ここってまだ魔道具試作棟?」
『そう。でも、おかしい。最初ここに入った時には、エヴァの存在は感じていた。あんまり急に反応が消えたから、それこそ魔道具を使っているんじゃないか?』
少し冷静になったらしいラタがチチチと鳴きながら首をひねる。
『まぁ、何にせよ無事で良かった。柄にもなく慌てたぞ!……お、小僧が来たな』
「え?ラーシュ?」
ぽつりと呟くと同時にすいっとラタは魔の道に姿を紛れ込ませた。普段は、ラーシュの前で隠れることなど無いから、他に誰か一緒なのだろう。
ラタの姿が消えると同時に、ドアの向こうからバルトサールの声がかかる。
「エディ、起きてる?」
「あ、はい」
エヴァの返事を聞いて、かちゃりと扉が開けられた。
現れたのはにこやかなバルトサールと、ブスッとした顔のラーシュ、きょろきょろと辺りを見渡すルーカスだった。
◆
ラーシュは手に食べ物を持ち、ルーカスは着替えの入った袋を持っていた。
二人を案内してきたバルトサールは、ズイッとエヴァに近づき、その顔を覗き込む。
「うん、ずいぶん顔色が善くなった。よく眠れたかい?」
こくりと頷いたエヴァに、嬉しそうな顔をしたバルトサールは、頬を掻きながら苦笑する。
「ちょっと外で騒ぎがあってね、すぐに行かなきゃいけないんだ。ラーシュは僕達が迎えに来るまで、ここでエディと待ってて。ルーカス、行こう」
「ほら、エディ、これ。着替えだ」
「あ、ありがとう」
エヴァの言葉にルーカスは微かに頷くと、バルトサールに向き合い共に二人は部屋を出ていく。
そして、かちゃり、と扉が閉まるや否や、ラーシュはエヴァ向かって怒鳴りつけた。
「お前、一体何考えてんだよ!!」
「……何って?」
ラーシュの剣幕に圧されながら、エヴァは首をかしげる。今の今まで、彼女はここで大人しく寝ていただけだ。
「城や騎士団寮の周りで鴉や鼠が異常かつ大量発生した!お前の仕業に違いないって、一部の人間の間で大事になってるぞ!」
「あー……」
遠い目をするエヴァの頭の中でチチチと笑う小リスの声が木霊した。
しんとした建物内をキョロキョロと部屋を見渡すエヴァに、バルトサールはクスリと笑う。
「ふっふーん。こんなこともあろうかと既に人払いは済んでいるよ!」
ぶぃっと、指をつき出すバルトサールはいたずらが成功して喜ぶ子どものようだった。どんな状況でも変わらないその性格に、エヴァは思わず吹き出す。
笑うエヴァを優しく見つめたバルトサールは、自身の執務室へとエヴァを誘導する。
ソファに腰掛けて、ため息をつくエヴァに手ずからハーブティーを入れてくれた。
「このお茶、僕のお気に入りなんだ。研究で興奮する脳を鎮めるのにちょうど良い。さぁ、どうぞ」
トロリとした甘味のあるお茶を一口含み、ほぅと一息吐いたエヴァは、そこでやっと意識を他に向けることができた。
「ありがとうございます。そのポットも魔道具ですか?」
「そう。無限に水が湧き、ボタン一つでお湯が沸く。保温機能もあるよ!」
「へぇ、便利ですね」
「そうだろうとも」と自慢げに笑うバルトサールは、得意そうに、自身が製作した魔道具を次々と机に並べる。
ここ数日、怒涛のような日々を過ごしていたエヴァは、オリヤンたちの話以外を聞くのは久しぶりだな、とぼんやりと考えた。
気をつかわせてしまっただろうか。そう考えて、いや、と頭を振る。嬉々として魔道具の説明をするバルトサールは恐らく単純に話したくて話しているのだろう。
――――あぁ、でも。すこし、疲れたな。
どっと疲労感が押し寄せてきて、そのままエヴァは意識を失った。
どさり、とソファに倒れたエヴァを見て、バルトサールはピタリと話をやめる。
そして、そっと彼女を抱き上げると、執務室の奥にある仮眠室へと向かった。
「ゆっくりお休み」
◆
………ヴァ!エヴァ、エヴァ!!!
頭の中を直接的殴られるような騒音に、エヴァは頭を押さえるようにして起き上がった。
簡素な白い部屋にポツンと置かれたベッドの上にエヴァはいた。
「いったぁ……!何?ラタ?」
見覚えの無い風景に多少焦りながら、周りを見渡し、小リスの名前を呼ぶと、騒音が止む。そして、少し焦ったような声音が聞こえた。
――――いきなり、僕の感知内から気配が消えたからビックリした!今どこ?
――――魔道具試作棟にいたはずなんだけど。君は?
――――今はエヴァの部屋にいる。良かった、無事なんだな?道を拓く。呼んでくれ!
「ラタ、僕はここだ。おいで」
エヴァの言葉に反応するように目の前に小さな魔力の珠が浮かぶ。渦巻くその中から体をこじ開けるように、ラタが姿を表した。
『なんだ、ここ!せっま!』
「どういうこと?」
『ここは極端に魔力が使いにくい!自分が通る隙間の道を開けるんで精一杯だ!』
お腹をつっかえさせながら、必死に魔の通り道から出て、エヴァの肩に乗ったラタはキィキィと文句を言う。
『急に気配が消えたから心配したんだぞ!何度呼び掛けても応えないし!!!』
エヴァは苦笑しながらラタの背を宥めるように撫でる。
「ごめん、ごめん。ちょっと寝てたみたい。お茶飲んでたとこまでは覚えてるんだけど……でも、なんで急に気配が消えたんだろう?ここってまだ魔道具試作棟?」
『そう。でも、おかしい。最初ここに入った時には、エヴァの存在は感じていた。あんまり急に反応が消えたから、それこそ魔道具を使っているんじゃないか?』
少し冷静になったらしいラタがチチチと鳴きながら首をひねる。
『まぁ、何にせよ無事で良かった。柄にもなく慌てたぞ!……お、小僧が来たな』
「え?ラーシュ?」
ぽつりと呟くと同時にすいっとラタは魔の道に姿を紛れ込ませた。普段は、ラーシュの前で隠れることなど無いから、他に誰か一緒なのだろう。
ラタの姿が消えると同時に、ドアの向こうからバルトサールの声がかかる。
「エディ、起きてる?」
「あ、はい」
エヴァの返事を聞いて、かちゃりと扉が開けられた。
現れたのはにこやかなバルトサールと、ブスッとした顔のラーシュ、きょろきょろと辺りを見渡すルーカスだった。
◆
ラーシュは手に食べ物を持ち、ルーカスは着替えの入った袋を持っていた。
二人を案内してきたバルトサールは、ズイッとエヴァに近づき、その顔を覗き込む。
「うん、ずいぶん顔色が善くなった。よく眠れたかい?」
こくりと頷いたエヴァに、嬉しそうな顔をしたバルトサールは、頬を掻きながら苦笑する。
「ちょっと外で騒ぎがあってね、すぐに行かなきゃいけないんだ。ラーシュは僕達が迎えに来るまで、ここでエディと待ってて。ルーカス、行こう」
「ほら、エディ、これ。着替えだ」
「あ、ありがとう」
エヴァの言葉にルーカスは微かに頷くと、バルトサールに向き合い共に二人は部屋を出ていく。
そして、かちゃり、と扉が閉まるや否や、ラーシュはエヴァ向かって怒鳴りつけた。
「お前、一体何考えてんだよ!!」
「……何って?」
ラーシュの剣幕に圧されながら、エヴァは首をかしげる。今の今まで、彼女はここで大人しく寝ていただけだ。
「城や騎士団寮の周りで鴉や鼠が異常かつ大量発生した!お前の仕業に違いないって、一部の人間の間で大事になってるぞ!」
「あー……」
遠い目をするエヴァの頭の中でチチチと笑う小リスの声が木霊した。
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