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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜
浄化×消滅
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「貴女、わたくしがいくら裏で仕立てようともボロを出さないんですもの。此度のヒトらしい失態、わたくし心底安心致しました。貴女は聖女などという大層な存在では無かったのです」
これからはキーラがアルルの代わりとなり民を照らす偶像となる。
しかし、煌く陽の光を目の当たりにしてしまった民衆が果たして淡い光で満たされるのかと問われれば、首を横に振る他無い。
「さようなら、アルル様。もう一度会える日を心の底よりお待ちしております」
可憐な少女が醜悪な笑みを浮かべながらこの場を後にしていく。
そうして間もなく空間が孤立し、じめついた空気が行き場を無くす。
「やぁっとジャマが失せたぜェ……なァ? オマエもそう思うだろう?」
一つの空間に少女と獣、その顛末は言うまでも無く。
この閉ざされた世界で如何なる狼藉を働こうとも、それを罰する者など存在しない。
故に、この場では当たり前の様に行われている"催し"である。
「今日はツイてるぜェ。誰もが憧れた聖女サマのカラダを隅々まで堪能出来るんだからよォ」
眼前に迫る汚物に対し鋭利な視線を刺す。
状況を忘れ飛び出した罵声は喉に辿り着く前にかき消された。
「イイねェその目。あぁ、益々滾って来ちまった……責任、取ってくれよ、なァ?」
色欲に塗れた獣の目。
身体の奥底からこの上ない程の嫌悪感が湧き立つ。
ギルニクスは一度足りともアルルに対し、このような目を向けたことは無い。
(あたしを――好いていたにも関わらず)
「この場所では俺こそがルール! 誰も抗えはしねェのさ」
このおぞましく汚らわしい獣に好き放題。
果たして、そんな運命をアルルという少女が黙って受け入れるだろうか?
――否。
(はあ、もう、聖女だなんてバカらしいや)
(悲劇のヒロインの真似事なんて、あたしには似合わない)
(ギルだってそんな事望んでないの、分かってたはずなのに)
澄んだ藍色の瞳が光を取り戻す。
「可愛い喘ぎが聴けないのは残念だがァ……その分たっぷりと愉しませて貰うからよォ?」
アルルには誰にも知られていない秘密がある。
浄化魔術は魔物にのみ効力を持つ。
故に、人類への驚異とはなり得ない。
――この国の貴族、そしてギルニクスすらも例外無くそう信じ込んでいる。
そしてもう一つ。
口頭での詠唱無しに魔術は発現不可能。
(あははっ、そんなワケ、ないじゃん)
善も、悪も、須らく救いの手を差し伸べる。
そんな誰もが憧れる理想の聖女は今日を以て息絶えた。
代わりに堕ちたのは禁忌に手を染める、一人の魔女。
消滅の魔女、アルルメイヤ=サリエル。
「おっとォ、大人しくしてた方が身の為だぜェ。まァどの道、汚れちまうのには変わりはねェがなァ!」
――邪魔。
「――あ? てめェ、なに、しや、がッ!? カラ、ダが、カユ――あッ、チィ! アチィアツイアツイアツイテェイテェイテェエエアガアアアアァァァッッッッ――」
浄化魔術は対象の邪な性質が強い程、そしてアルル自身の黒い感情が強い程、高い殺傷力を示す。
今回の標的に関しては塵一つ残さず浄化されるに違いない。
「ぁ……タス、くれ……ユル……し」
(もう、浄化なんて綺麗な力じゃ無くなっちゃった。これじゃ、まるで――)
そう。それは正に"消滅"と称するに相応しい力。
残る障壁は手足を縛る枷のみ。
幸いと言うべきだろうか。
両手は前で拘束されていた為、常日頃から口内に仕込んである針金で解除を試みる。
アルルは今程の力を持っていなかった頃にこれまで二回ほど拘束された経験があるが、後ろ手に拘束された時は親指の関節を外す羽目となり、その脳裏には地獄の痛みが焼き付いている。
そうしてすんなりと脱獄に成功したアルル。
静寂が降りた牢を後にしながら、これからの予定を練る。
最早この切り替えの速さは狂気の域に達する程だが、聖女家業と皇太子妃の真似事を同時にこなすには生半可な精神力ではやっていけなかったというのもまた事実であり確かである。
しかしやはり、ギルニクスとの決別はアルルの人生の中でも一二を争う程に辛い経験であったのは言うまでも無い。
(でも、いつまでも落ち込んでなんかいられない)
待っている筈の味方に別れの挨拶をするついでに服装を整えるべく、歩を進め。
肌を覆いつくせるだけの布を見繕い、見慣れた廊下へと忍び出る。
アルルにとって隠密はお手の物。例え詠唱中であろうとも高位の魔物にですら気付かれはしない。
「しっかしあの聖女様も災難だよなぁ。何でも、国としてのケジメを付けるため魔王討伐失敗の責を一身に背負われたとかって話だぜ」
「おいバカ、こんなとこでそんな話すんじゃねえ。聞かれたらどうするつもりだ」
「あっやべッ……誰もいなくて助かった」
「ったく、俺まで巻き添え喰らったらどうするつもりだよ」
「わりぃわりぃ、気ぃ付けるよ」
(ま、そんなところだろうとは思ってたけど。やっぱり裏切られたんだな、あたし。……いや、もとから味方なんて国側には一人も居なかったか)
しかし、味方で居続けてくれている人も少なからずはいる筈、疑心暗鬼になりすぎても自分が壊れてしまうだけだと、アルルは気を強く持ち直す。
(万が一裏切られたら、その時は浄化……そう、消しちゃえばいい。……例え脅されてても無いとは思うけど)
これからはキーラがアルルの代わりとなり民を照らす偶像となる。
しかし、煌く陽の光を目の当たりにしてしまった民衆が果たして淡い光で満たされるのかと問われれば、首を横に振る他無い。
「さようなら、アルル様。もう一度会える日を心の底よりお待ちしております」
可憐な少女が醜悪な笑みを浮かべながらこの場を後にしていく。
そうして間もなく空間が孤立し、じめついた空気が行き場を無くす。
「やぁっとジャマが失せたぜェ……なァ? オマエもそう思うだろう?」
一つの空間に少女と獣、その顛末は言うまでも無く。
この閉ざされた世界で如何なる狼藉を働こうとも、それを罰する者など存在しない。
故に、この場では当たり前の様に行われている"催し"である。
「今日はツイてるぜェ。誰もが憧れた聖女サマのカラダを隅々まで堪能出来るんだからよォ」
眼前に迫る汚物に対し鋭利な視線を刺す。
状況を忘れ飛び出した罵声は喉に辿り着く前にかき消された。
「イイねェその目。あぁ、益々滾って来ちまった……責任、取ってくれよ、なァ?」
色欲に塗れた獣の目。
身体の奥底からこの上ない程の嫌悪感が湧き立つ。
ギルニクスは一度足りともアルルに対し、このような目を向けたことは無い。
(あたしを――好いていたにも関わらず)
「この場所では俺こそがルール! 誰も抗えはしねェのさ」
このおぞましく汚らわしい獣に好き放題。
果たして、そんな運命をアルルという少女が黙って受け入れるだろうか?
――否。
(はあ、もう、聖女だなんてバカらしいや)
(悲劇のヒロインの真似事なんて、あたしには似合わない)
(ギルだってそんな事望んでないの、分かってたはずなのに)
澄んだ藍色の瞳が光を取り戻す。
「可愛い喘ぎが聴けないのは残念だがァ……その分たっぷりと愉しませて貰うからよォ?」
アルルには誰にも知られていない秘密がある。
浄化魔術は魔物にのみ効力を持つ。
故に、人類への驚異とはなり得ない。
――この国の貴族、そしてギルニクスすらも例外無くそう信じ込んでいる。
そしてもう一つ。
口頭での詠唱無しに魔術は発現不可能。
(あははっ、そんなワケ、ないじゃん)
善も、悪も、須らく救いの手を差し伸べる。
そんな誰もが憧れる理想の聖女は今日を以て息絶えた。
代わりに堕ちたのは禁忌に手を染める、一人の魔女。
消滅の魔女、アルルメイヤ=サリエル。
「おっとォ、大人しくしてた方が身の為だぜェ。まァどの道、汚れちまうのには変わりはねェがなァ!」
――邪魔。
「――あ? てめェ、なに、しや、がッ!? カラ、ダが、カユ――あッ、チィ! アチィアツイアツイアツイテェイテェイテェエエアガアアアアァァァッッッッ――」
浄化魔術は対象の邪な性質が強い程、そしてアルル自身の黒い感情が強い程、高い殺傷力を示す。
今回の標的に関しては塵一つ残さず浄化されるに違いない。
「ぁ……タス、くれ……ユル……し」
(もう、浄化なんて綺麗な力じゃ無くなっちゃった。これじゃ、まるで――)
そう。それは正に"消滅"と称するに相応しい力。
残る障壁は手足を縛る枷のみ。
幸いと言うべきだろうか。
両手は前で拘束されていた為、常日頃から口内に仕込んである針金で解除を試みる。
アルルは今程の力を持っていなかった頃にこれまで二回ほど拘束された経験があるが、後ろ手に拘束された時は親指の関節を外す羽目となり、その脳裏には地獄の痛みが焼き付いている。
そうしてすんなりと脱獄に成功したアルル。
静寂が降りた牢を後にしながら、これからの予定を練る。
最早この切り替えの速さは狂気の域に達する程だが、聖女家業と皇太子妃の真似事を同時にこなすには生半可な精神力ではやっていけなかったというのもまた事実であり確かである。
しかしやはり、ギルニクスとの決別はアルルの人生の中でも一二を争う程に辛い経験であったのは言うまでも無い。
(でも、いつまでも落ち込んでなんかいられない)
待っている筈の味方に別れの挨拶をするついでに服装を整えるべく、歩を進め。
肌を覆いつくせるだけの布を見繕い、見慣れた廊下へと忍び出る。
アルルにとって隠密はお手の物。例え詠唱中であろうとも高位の魔物にですら気付かれはしない。
「しっかしあの聖女様も災難だよなぁ。何でも、国としてのケジメを付けるため魔王討伐失敗の責を一身に背負われたとかって話だぜ」
「おいバカ、こんなとこでそんな話すんじゃねえ。聞かれたらどうするつもりだ」
「あっやべッ……誰もいなくて助かった」
「ったく、俺まで巻き添え喰らったらどうするつもりだよ」
「わりぃわりぃ、気ぃ付けるよ」
(ま、そんなところだろうとは思ってたけど。やっぱり裏切られたんだな、あたし。……いや、もとから味方なんて国側には一人も居なかったか)
しかし、味方で居続けてくれている人も少なからずはいる筈、疑心暗鬼になりすぎても自分が壊れてしまうだけだと、アルルは気を強く持ち直す。
(万が一裏切られたら、その時は浄化……そう、消しちゃえばいい。……例え脅されてても無いとは思うけど)
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