和歌山にやたら餅まき多いんはキイエルフが餅に魔力込めて世界の均衡保っとるからなんやしてよ
年間を通じての異常なまでの餅まきの多さは専用のカレンダーを生み出すほどだった。
地元の餅まきへ出かけたワカタはその途中、泣いているエルフの皇女・キノヒカリエルと出会う。
彼女は大切な皇位継承の証である「竜の涙」を大量の餅に紛れさせてしまったのだった。
失えば世界の均衡をゆるがしかねない竜の涙を取り戻すべく、ワカタは共に餅まき会場へと急行する。
が、そこには普段は温厚ながら餅まきの際には修羅と化す和歌山人の群れが手ぐすね引いて待ち受けていた。
狩人(イェーガー)の巣窟で、はたして彼らは世界を救えるのか――。
カクヨムWeb小説短編賞2022「ご当地短編小説」キャンペーン落選作。
別の小説サイトさんに投稿された時からの、お気に入り作品です。
初めて拝読した時には、個人的にスランプ(新米が生意気ですが、まあ、色々ありまして…)でして、
当時、あんまり元気がなかったのですが、
読みながら、文字通り床(畳)に転げ回って大笑いいたしました。
語り手の「ワカタ」君が、
時にベタなツッコミを、または時にはメタな状況解説を、
常に冷静な視点から繰り出すのが、何とも可笑しいです。
(こういう時、「関西のお方のセンスには敵わん…」と、素直に脱帽せざるを得ません)
「お姫さん」らしく、割とナチュラルに唯我独尊体質のキノ。
(またそれで結構何とかなってしまう辺りが…。実家のお城では、「台風の目」なんだろうなぁ)
出張って来たは良いものの、地元の方々の餅撒きに掛ける情熱と執念とエネルギーとを甘く見て、馬を馬刺しに(!?)されてしまう悪役連中…。
(お馬さんが可哀想…。そんな目先の利かない飼い主に飼われなければ良かったのに)
ちなみに、
「餅撒き」は実際、血沸き肉踊り骨砕くる(!!?)イベントでございまして。
私事になりますが、
我が幼少の砌(小学校低学年時だったかと…)に、
母の在所のお宮の餅撒きに紛れ込んだことがあります。
最初の内は、漫然と投げられるのを待っていたのですが、
各々、その身に宿す「獣性」を発揮する周囲の様子を見るに、ただ呑気にしていてはお餅は絶対に手に入らないと判断し、
何やら、幼いながらに、我が身の内の獣性にも火が点きました。
(正に「着火!」という感じでした。)
それからは、「幼獣」ながらに、我ながらなかなかにすばしこく境内を駆け回り、
お餅(やはり、一口大の丸餅でした)を、確か三個ほど手に入れたかと。
(後で母から
「アンタ、普段は本当に『日向の猫』みたいにぼけらっとしてるのに、ああいう時は…」
と、
感心されたのか、それとも呆れられたのか、
幼少の身には判別できない口調で言われました)
以上の記憶から鑑みるに、
「餅撒き」には、人間の身の内の「修羅」、或いは「飢獣の性」を呼び覚ます何かが、確かに存在する、…と愚考いたします。
和歌山の偉人…と言われると、ほぼ反射的に南方熊楠を思い浮かべますが、
熊楠の研究に掛ける原動力も、もしや…?
……等と妄想致します者でございます。
ご清聴ありがとうございました。
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