読切短編 北を向く
2071年。温暖化により桜の開花パターンが崩壊し、「桜前線」という言葉が気象用語から消えて三十年が経つ。
民俗学の研究者である私は、かつて前線が通過した地域を鹿児島から北へ辿りながら、老人たちに話を聞いていた。質問はひとつだけ。「春になると、何か変わりますか」
三月になると空が気になる。北の方向が気になってしょうがない。毎年この頃になると落ち着かなくて困る——桜がなくなっても、その感覚だけが残っていた。
前線は消えた。でも人間の体の中で、それはまだ動いていた。
調査の最終地点、稚内で出会った九十二歳の元気象観測員。最後の桜前線を記録した人物。彼女もまた、桜のない窓の外を、北を向いて見ていた。
報告書を書き終えて、私は気づいた。自分もいつの間にか、北を向いていた。
民俗学の研究者である私は、かつて前線が通過した地域を鹿児島から北へ辿りながら、老人たちに話を聞いていた。質問はひとつだけ。「春になると、何か変わりますか」
三月になると空が気になる。北の方向が気になってしょうがない。毎年この頃になると落ち着かなくて困る——桜がなくなっても、その感覚だけが残っていた。
前線は消えた。でも人間の体の中で、それはまだ動いていた。
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