蛇神様の隠し事
西洋化が進みつつある和暦1921年の日ノ本の国(ひのもとのくに)。
千年前に妖の者たちが起こした”物の怪の動乱”により、東側は人間の国、西側は妖の国に分断され、それぞれの均衡を保っていた。
東部の中心都市・京之宮(きょうのみや)に住む人間の少女、茅吹 蜜葉(かやぶき みつは)は、元は華やかな暮らしをしている貴族だった。しかし父親が事業で失敗し、財産を失った末に失踪した。
残された蜜葉と病弱な母親の照(てる)は、住んでいた屋敷を売り払って小さな崩れかけの家屋に引っ越した。2人は生活のために朝から晩まで働いていたが、元々病弱だった照は体を壊し、数年後に倒れてしまう。蜜葉はそんな母親を支え、生活費と母親の薬代を稼ぐために、身を粉にして料亭で給仕と雑用として懸命に働いた。
そんなある日、蜜葉は”太客に粗相をしたから”と身に覚えのない罪を着せられ、料亭を解雇されてしまう。次の仕事を見つけたものの、過酷な労働環境に身を置いたことで体を壊し、蜜葉は気管支系の病気を患う。
母親は弱った体を起こして泣きながら蜜葉に謝り続け、遂には『足手まといになりたくないから自分を殺してくれ』と懇願する。泣き言を言う母を励ましながら生活を続けるも、貯蓄は底をつき、蜜葉も心身ともに疲れ果ててしまっていた。しかし、お金がないと生活はできないため、体に鞭を打って新しい仕事を探そうとしていた蜜葉の元に、1人の男が現れた。
「なんや、湿った空気しとるな。なあお嬢さん、あんたがここの家主か。」
そこには、京之宮の蛇神様として恐れられている蛇神一族の当主、篠崎雪也が佇んでいた。雪也は懐から手拭いを取り出すと、蜜葉の涙を拭き取りこう言い放った。
「茅吹家の爵位が欲しいから、俺と結婚してくれや、蜜葉。」
蛇神一族である篠崎家は、比較的最近日ノ本の東部に拠点を移した、爵位を持たない宝石商だった。篠崎雪也は貴族としての爵位が欲しいがために、蜜葉に結婚の提案をしてきたのだった。実は、茅吹家は大昔財産を失ったものの、爵位だけは残っていたのだ。『結婚に応じるなら母親の病気を治してやる』と言われた蜜葉は、藁にもすがる思いでこの提案に応じるのだった。母だけでも助けてもらえるのなら、私はどうなっても良いと蜜葉は答える。
雪也が蜜葉に抱える、大きな感情と執着を知らずに。
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