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山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。   失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねてみることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。
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