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「地方の道楽だろ」と笑った連中が、名刺を持って戻ってくる。
「地方の道楽ですよね」
そう言って金を出さずに帰った人間が、何人もいた。
観客一五〇〇人、空席は七割。斜陽の港町の弱小バスケクラブ〈潮見ブルーホエールズ〉は、来季の開幕を待たずに消えかけていた。宝くじで七億円を当てた要実(かなめみのる)は、その金でこのクラブを買い取る。だが金で買えたのは、たった一年の猶予だけ。
派手なスター補強も、魔法もない。武器はひとつ――誰も値段をつけていない価値を見抜く目。戦力外寸前の選手、点を取らないセンター、焼き鳥の屋台、誰も読まなかった地元紙。安く見積もられていたものを、一つずつ数え直していく。
やがて、あの人間たちが、名刺を持って戻ってくる。
数字しか見えない男が、誰も数えなかったものだけで、町ごと黒字にしていく話。
文字数 94,261
最終更新日 2026.09.17
登録日 2026.09.02
「お前には、無理だ」——まだ走れたのに、夢を途中で諦めさせられた少年は、スポーツ医学の医者として一生を終えた。
目が覚めると、六歳。今度は、誰も夢を止めない家に、生まれ直していた。
前世で叩き込んだ医学で"90分落ちない身体"を設計し、地味で、賢く、誰よりも走り続けるサイドバックとして——今度こそ、世界の頂へ。
サッカーの才能を親に「正しく」見限られ、勉強を強いられてスポーツ医学の道へ進んだ男が、六十八年の生涯を終えて転生する。
武器は二つ。押しつけられた最新医学の知識と、それで設計する"90分間、誰よりも走り続ける身体"。授かった才能ではなく、積み上げた設計で、天才たちに挑む。
治した親友は、いつか宿敵になる。かつて最強だった少女は、別のルートで世界を目指す。そして前世で「諦めろ」と告げた親の言葉は、やがて——。
目指すのは、アジア人がまだ立ったことのない場所。ワールドカップの舞台で世界とフィジカルで殴り合う、世界一のサイドバック。
テーマは、「途中で終わらせない」。
文字数 133,437
最終更新日 2026.09.17
登録日 2026.09.02
スピードF。瞬発F。技術G。
片瀬湊、十七歳。物心ついた頃から自分にだけ見える「ステータス画面」は、ずっとこの色だった。
ただし、二項目だけおかしい。持久と回復——こいつらだけ、十年間、伸びが一度も落ちていない。
そんな俺が見つけてしまった。二千メートルを予選・準決・決勝と三日連続で走り、月二回、オフなしで開催される競技。タイムじゃなく着順で決まる、相対値の勝負。
……おい。これ、回復がそのまま年収になる競技じゃないか。
日本競輪選手養成所、適性試験枠。自転車未経験、記録会ドベ、ヘルメットは最弱の青。同期には十年に一人の天才。武器は、自分だけの観測データと実験ノートと、白米。
数字は残酷だ。でも、嘘はつかない。最弱の候補生が、観測と実験で強くなる。目標、年収二億。
——競輪は、最後まで踏んでた奴が勝つ。
※実在の制度・施設を取材に基づいて描くフィクションです。実在の選手・団体は登場しません。
文字数 126,441
最終更新日 2026.09.17
登録日 2026.09.02
「空気って、お前にぴったりじゃん。神様も分かってるな」
高校の一斉鑑定で久住凪が引いたのは、スキル《空気》。系統は環境干渉、用途は送風と換気。誰がどう見てもハズレだ。教室は笑った。悪意はない。ただ面白いから笑っただけだ。だから始末が悪い。
けれど、いざ動かしてみて凪は気づく。空気はひとつじゃない。混ざって一つに見えているだけで、手触りの違うものが何種類か入っている。そのうちの一つ――たぶん、酸素だけを、狙った場所から追い出せる。
光らない。音もしない。カメラにも映らない。
ただ、火が消える。走ってきた魔物が、数歩進んで倒れる。
クラスメイトの配信『ヒヨリDIVE』に顔も本名も伏せたまま同行した凪は、初心者ダンジョンでゴブリンの群れごと沈める一部始終を切り抜かれ、拡散される。
『見ただけで、ゴブリンの群れを全滅させた男』
――「即死能力者」。
証拠は残らない。そう思っていた。ガス測定器が、全部見ているとは知らずに。
ハズレ扱いの補助スキルと、少し性格の悪い高校生。
現代ダンジョン×配信×ブラックコメディ、開幕。
文字数 56,704
最終更新日 2026.09.14
登録日 2026.09.04
「西岬の灯を消して。あれは船を港ではなく、岩礁へ呼んでいます」
「女に港は任せられない。出ていけ、リーゼ。二度は言わない」
「船を出せば、救えるのか」
先代港務長の娘リーゼは、父の晩年、潮見も入港指示もひとりで書いていた。だが父の死後、港湾評議会が選んだのは王都帰りの従兄。彼女は生まれ育った灯台を追われ、漁師の帳簿をつけて暮らしている。
王女殿下の婚礼船を迎える霧の夜、閉鎖されたはずの西岬の灯台に、港とまったく同じ拍子の灯がともる。従兄が手柄を立てるために仕組んだ「救出劇」だった。けれど彼が使ったのは、防波堤が延びる前の古い訓練図。今の潮では、救難艇が着く前に船は岩礁へ流される。
港の命令は出ない。それでも若い巡視艇の船長エリクは、リーゼの言葉ひとつで船を出す。
霧の海で、リーゼは婚礼船と岩礁のあいだに船を入れ、非常信号を掲げた。陸の灯を信ずるな、我に続け――。
港務長の正規の書状と、正反対の信号。どちらを信じるかを決めたのは、船首で角灯を掲げた王女自身だった。
「わたくしは、海へ出てきたほうを選びました」
これは、港に捨てられた女が、港ではなく海の上の人々のために戻り、本物の灯をともすまでの物語。
文字数 10,802
最終更新日 2026.09.07
登録日 2026.09.07
「棺の蓋を閉めないでください。この方は、まだ死んでおりません」
「死人に触れる不吉な女が、亡き姪の国葬を穢しにきたのです。――兵を」
「納棺師。何を根拠にそう言うのか」
三年前、侍医長の死亡判定に口答えをして王宮を追われた納棺師イルゼ。今は下町で葬儀を請け負う彼女が、亡き母を送った縁で、女公爵ロザリンデの最後の身支度を頼まれる。
清め油は生きた肌のように粒になり、三日横たわった身体に残るはずの痕がなく、奥歯の裏には琥珀色の樹脂。封棺の直前、イルゼは参列者の前で声を上げた。
叔父の侍医長は「不吉な女の妄言」と兵を呼ぶが、王室司法官テオドールは根拠を聞き、封棺を延期する。まず救命を。湯と温石で胸から温める手の下で、三日ぶりの鼓動が戻る。
「……さむ、い」
目覚めた女公爵は、自らの言葉で叔父を告発する。死者を見続けてきた手が生きている人を見つけ、軽蔑されてきた仕事が国の役目に変わるまで。そして「誰の葬儀でもない日に会いたい」と言う人が現れるまでの、納棺師の物語。
文字数 11,520
最終更新日 2026.09.06
登録日 2026.09.06
「その報告書を撤回できないなら、婚約は破棄する」
毒のある草や茸ばかりを調べ歩く子爵令嬢クラリス・エルモンドは、社交界で《毒女》と呼ばれていた。食中毒の報告を撤回せよという婚約者の求めを断り、彼女は婚約を失う。
その日、滞在先に届いていたのは、グランヴィル公爵家からの雇用状だった。職名は《食卓安全調査官》。発行日は、婚約破棄より前——。
十年前、成人祝宴で前公爵夫妻が急死した。毒味役は無事で、料理からは活性のある毒が検出されなかった。生き残った現公爵レオナードは、自分で封を確かめた保存食しか口にできない。
クラリスの前世は、食品会社の品質保証部。万能鑑定も毒無効化魔法も持たない。あるのは、観察し、比較し、記録し、誰がやっても同じ結果になる手順へ落とす方法だけ。
「私を信じなくて結構です。信じなくても確認できる形にします」
《毒女》と蔑まれた令嬢が、毒に怯える公爵の食卓を取り戻していく。三か月限定、調査と料理の異世界恋愛。
文字数 12,590
最終更新日 2026.09.05
登録日 2026.09.04
「妻は、人の言葉にはいくらでも答えを作れるのに、僕の言葉には返事をしてくれません」
深夜ラジオの人生相談に届いた、その一文を書いたのは私の夫だった。
佐伯真帆、三十三歳。番組の構成作家。他人の気持ちを、その人が使えなかった言葉に直すのが仕事だ。
夫は妻に打ち明ける前に、顔も知らない他人へ「あなたは悪くない」と言わせようとしていた。その番組を妻が作っていることは、忘れたまま。
真帆は三つだけ条件を課して、そのメールを生放送に乗せる。個人情報は明かさない。書かれていない事実は足さない。罵倒だけの投稿は選ばない。
殺到したメールから三通を選び、パーソナリティーへ渡す最後の一行を書いた。
「あなたが欲しいのは助言ではなく、許可です」
「あなたには恋人を選ぶ自由があります。けれど奥様にも、あなたを許さず、あなたのいない人生を選ぶ自由があります」
放送は終わった。けれど、妻からの回答はまだ残っている。
これは、十年間ずっと他人の言葉を整えてきた女が、自分の気持ちを初めて自分で書き、自分の声で話すまでの物語。
文字数 9,806
最終更新日 2026.09.04
登録日 2026.09.04
「出口ばかり気にする陰気な女は、王妃に向かない」
「婚約はお返しいたします。ですが、あの扉だけは塞がないでください」
「……最後まで、それか」
建国祭の舞踏会で、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エレノア。だが彼女が案じたのは、恋敵でも名誉でもなく、白薔薇の花台に塞がれた四つ目の扉だった。
十二歳で、開かない非常扉の前に母を失って以来、彼女はどこでも出口と歩数を数えてきた。嘲笑されても、招待客三百二十七人全員の帰宅を見届けるまでは去らない。
やがて薄絹に火が移り、内開きの正面扉へ人々が殺到する。悲鳴と煙に包まれる広間で、エレノアは王太子妃教育で得た声を張り上げた。
「正面へ走らないでください!」
彼女の判断を信じた近衛副団長アルノーと、四つ目の扉を開く。だが、数えた顔が二つ足りない。単身で逃げた王太子と、炎の中に残されたセシリアだった。
これは、壁ばかり見てきた令嬢が三百二十八番目に自分を見つけ、その視線の意味を知る人と、同じ出口を数えるようになるまでの物語。
文字数 11,067
最終更新日 2026.09.03
登録日 2026.09.03
私の結婚は、三百六十五回の夕食で終わります。
仕事しか見ない孫を案じた亡き公爵夫人の遺言は、「妻と同じ食卓を囲み、三百六十五回の夕食を共にすること」。冷血公爵と呼ばれる旦那様と、母の書店を買い戻したい私は、納得ずくで契約結婚を結びました。数え終えた翌朝、預けてある離縁状が受理されます。
「明日が三百六十五回目。あと一度で離縁ですね」
「……そうか」
泣いてしまいそうだったので、笑って言いました。
その翌晩から、旦那様が夕食の席に来なくなりました。
馬車の中でクルミを三粒。医師に止められた夜食。四日目には執事の説明も尽きて――「旦那様は執務室で、夕食を召し上がらない努力をなさっています」。廊下ですれ違えば、お腹は正直に鳴っているのに。パンを勧めても「食事とパンの境界は曖昧だ」と逃げていきます。
それならばと、私は最後の一食を籠に詰め、執務室の扉を叩きました。
異世界恋愛・一話完結。悪役も、ざまぁも、特殊能力もありません。あるのは契約書と、一年ぶんの食卓だけです。
文字数 8,827
最終更新日 2026.09.02
登録日 2026.09.02
王都の夜会で、わたくしは婚約を破棄されました。理由は「その手を見ろ」。蜂に刺された痕だらけの手が、侯爵家の恥だと。
「我が領の果樹園に据えられた箱は、すべて焼き払う」
「では、持ち帰る許可をいただけませんか」
「持っていけ。一匹残らずだ」
――承知いたしました。一匹残らず、でございますね。
その夜のうちに、四十二の巣箱を運び出しました。
花は、それだけでは実になりません。運ぶものが要るのです。けれどあの方は三年間、一度も果樹園に足を運ばず、木は勝手に実るものだと信じておいででした。
やがて訪ねてきたのは、十年も果樹が実らぬ北の辺境伯。「木ではなく、土でもなく、虫が」——わたくしの言葉を、手帳に書き留めてくださる方でした。
北の丘に緑の粒が実る頃、南の果樹園は花だけを咲かせて秋を迎えます。
異世界養蜂ざまぁ・一話完結。ヒロインの武器は特殊能力ではなく、百年ぶんの帳面です。
文字数 10,817
最終更新日 2026.09.01
登録日 2026.09.01
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