クロラ

何十年、何百年経っても人々は争う事を辞める事は出来なかった。
戦う事が人間の歴史を作っていた。
そして、国家と企業は対立した。古い体制は一度は終結したが、実状は何も変わることはなかった。
それでも時代は進む、今度は資源を巡り争う。結局は時代は繰り返した。
一度は世界はまとまった、地球環境の再生と地球外への移住を目的にまとまったが長くは続くことはなかった。
世界はそれでも、争う事を望んだ。
それでも進歩はあった、戦争は集団で戦う事から個人の戦闘能力に重点を置く戦いに変わった。
戦う事でしか生きる方法を知らないユリとリュウは故郷の東京コロニーを再建するために戦い続ける。
戦闘能力という悪魔のような力で、故郷を元に戻すという事を望み、世界を灰してしまう。
信じる神もいない世界で、彼らは生きる事を選んだ。
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