凍て空の遥か遠きハルモニア

極北大陸クリオ・テラ――絶対零度の世界が、年ごとに人類の生息域を侵食していく。

大陸暦A.C.300年。辺境都市ノルヴェグに、一通の黒い羊皮紙が届いた。

「放棄都市執行」

帝国が下した死刑宣告。三十日後に熱配給は完全停止され、残留者への保護措置は行わない。この街は見捨てられたのだ。

熱工学士レオン・ヘルツは、地下の蒸気室で街の心臓を守り続けてきた男だ。錆びついたボルトを回し、漏れた蒸気を塞ぎ、枯渇寸前の触媒を騙し騙し延命させる日々。三年前の配管事故で仲間を失い、頬に火傷痕を刻まれてなお、彼はスパナを手放さなかった。

だが計算は残酷だ。触媒残量十四パーセント。地熱流量は下がる一方。どの方程式を組んでも、答えは同じ方向へ収束する。

帝国から派遣された熱監察官ユリウス・フェルンは、数字と論理で街の死を宣告する。 「私はこの街を殺しに来たのではない。すでに死にゆく街の、死亡診断書を書きに来た」 冷徹で、正確で、反論の余地がない。彼の言葉は、レオン自身の計算結果と寸分も違わなかった。

街に残された猶予はない。住民たちの懇願も、工廠長の怒りも、凍結線の南下を一ミリも止められない。

――その夜、北の空が裂けた。

三色の光を纏い、氷原の果てから墜ちてきたのは、未知の金属カプセル。中に眠っていたのは、銀髪の少女だった。瞳には紫・赤・緑の光が銀河のように渦巻き、その存在が目覚めた瞬間、枯れかけていた街の蒸気網が咆哮を上げる。

圧力は暴走し、計器は振り切れ、街は歓喜と破滅の狭間で軋む。

「あなたは熱を扱う者。配管の声を聞き、蒸気の呼吸を読む者。――その技能が、今、必要とされている」

少女の言葉を受け、レオンは走り出す。帝国の銃口を背に、三十七分の猶予を握りしめて。

死にゆく街に墜ちた劇薬。無力な技師の意地。冷徹な監察官の合理。そして、「寒い」とだけ呟いた少女の、人間のような小さな声。

これは、凍りついた世界でなお手を止めなかった一人の男と、空から降ってきた謎の少女が、余命一年の街の運命を激しく揺さぶる物語。
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