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15. 聖女の日記

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「神様が独房に入れって!?」

 リリアナが祈りの間での神様との会話の内容を話すと、アッシュは大きな声で聞き返し、慌てて自分の口をおさえた。

「そうなの。だから、わざとここに入ったのよ。調べろと言われた事を調べるつもり」
「そこにある書き物机の中に、例のものがあるってのか?」

 アッシュは独房の奥に見える書物机を指差して聞いた。

「たぶんね。あの引き出しは3の数字を持つ聖女しか開けられないって言ってたわ。といっても、不吉の聖女以外はここには来ていないと思うけど」
「3の数字を持つ聖女全てが不吉の聖女と言われたわけじゃないからな」

 アッシュの言葉にリリアナは無言で頷くと、書物机に近付いていき1つしかない引き出しを開けた。

 引き出しは何の抵抗もなく開き、中には表紙にダイアリーと書かれた厚めのノートが何冊か入っていた。
 表紙にはナンバーがふられていて、1と書かれた日記帳を手に取りページをめくってみると、何度もめくられたせいなのか、ところどころが破れていた。
 その為、一番新しいものを手に取り、リリアナはアッシュの方に近付いていきながらページをめくり最後のページの一文を読んで愕然とした。

「どうした、リリアナ」

 彼女の表情が固まった事に気が付いたのか、アッシュが心配そうに尋ねると、リリアナは無言で日記帳を開けたまま彼の方に見せて、彼女が驚いた部分を指で示す。
 リリアナが指を差した最後の一文にはこう書かれていた。

『聖女も聖騎士も皆、消えてなくなればいい』

 アッシュはその文章を見て、厳しい表情になって呟く。

「……闇落ちしたのか?」
「この日記帳をつけた最後の聖女様は闇落ちかもしれないわ…。もしかしたら、独房から出られずに亡くなった聖女様は全て闇落ちなのかもしれない」
「でも、出られた聖女もいるって事だよな?」
「全ての不吉の聖女が独房で亡くなったなんて話は聞いていないから、たぶん外に出ている人が何人かはいるはず。その人が何か書いてくれているはずだわ」
「そうだな。何か意味があるから神様はここに入れって言ったんだろうしな」

 アッシュの言葉にリリアナは無言で首を縦に振ったが、すぐに苦笑する。

「本当はこんな面倒な事をしなくても直接教えてもらえればいいんだけど」
「話す時間が足りないんだろう。答えを教えてもらっても、それがどうしてか聞きたくなるからな」
「まあ、そう言われればそうね。次から次へと聞きたい事は浮かんでくるわ」
「だから、本当に聞きたい事だけを聞けという事なんじゃないか?」

(どうしてもアッシュの言い方が、神様と話をした様にしか思えないのよね。だけど、数字は確認されなかったって言うし…。もしかして、知り合いに聖女や聖騎士様がいたとか?)

「アッシュ」
「ん?」
「もしかして、あなたのお父様かお母様が聖騎士や聖女だったりした?」
「は? そんな訳ないだろ」
「だって…」
「俺の両親はそんないいもんじゃない」
「でも、魔道士なんでしょ?」

 リリアナが小首を傾げるとアッシュは目を見開いたが、すぐに何もなかったかの様な顔で答える。

「…そうだ。魔道士だよ。だから、俺も魔法が使えるんだ」
「でも、私の護衛についてくれる人がアッシュで良かった。だって、魔道士は他にも人はいるもの。アッシュじゃなかった可能性もあったわよね」
「あ、ああ、まあ、俺は優秀だからな」
「うん。それはそう思うわ。だって、神官様も気持ちよさそうに眠ってるもの」

 床で横たわって眠っている神官2人の姿を見ながらリリアナは微笑む。

「後で記憶の操作もしておくよ」
「そこまで出来ちゃうの!?」
「今の俺は特別だから。リリアナだけに教えたんだ。絶対にこの事は誰にも言うなよ」
「わ、わかった!」

(誰にも言うなだなんて、何だかとても大事な秘密を教えてもらったみたいね。 私が聖女や聖騎士の秘密をアッシュに伝えようとしているから、そのかわりとして教えてくれたのかしら? でも、私の場合は神様がアッシュとって言ってたわけだし、別に、そんな事を気にしなくてもいいのに…)

 日記帳を抱きしめながら、リリアナはそんな事を思ってアッシュを見つめたが、彼はそんな彼女の気持ちには気付かず、頬を少しだけ赤くして視線をそらしたのだった。

 それから、日記帳を読むには時間がかかるだろうからという事になり、明日の朝にまた来ると言って、アッシュは神官達と一緒に帰っていった。
 リリアナの着替えや私物などは女性の神官が独房まで持ってきてくれた上に、食事も朝昼晩と運んでくれるそうなので、リリアナにしてみれば初めての独房での生活は、1日目という事もあるからか、そこまで苦に感じなかった。

 シャワーを浴びて寝間着に着替えた後、リリアナはベッドの上に寝転んで日記帳を開いた。

 夜は神官の代わりに教会が雇った騎士が見張りをしているが、独房の前ではなく、階段を上がった扉の前にいるので人の目を気にせずに日記を読む事が出来た。

 古い日記帳では、ほとんど独房生活での生活の事しか書かれていなかったが、新しくなるにつれて、その時の聖女の考えが書かれていくようになっていた。

『私の力が強くなったのは、他の聖女と聖騎士の様子がおかしくなったからじゃないだろうか』

 その文章を読んだリリアナは、やはりそうなのかと納得した。

(だって、フェナン達も最初は今みたいな人じゃなかったって言われてたものね)

 そして、その聖女が出した結論はこうだった。

『聖女や聖騎士が人を思いやる気持ちを無くし、自分の事ばかり考え、他人を悪く言えば言うほど、3の数字を持つ聖女、聖騎士の力は強くなる。という事は、神様は3の数字を持つ聖女や聖騎士に裁量を委ねている? ただ、3の数字を持つ聖女や聖騎士までもが神様の期待に背けば、きっと、他の聖女や聖騎士達と同じように命を落とす事になるだろう』

(命を落とす? 聖女や聖騎士じゃなくなるというわけじゃなくて!? ちょっと待って、神様! それはやりすぎなんじゃないですか!? 聖女や聖騎士を選んだのはあなたじゃないんですか!? こんな事を言ったらなんですが、聖女や聖騎士選びを失敗したのは神様じゃないですか!)

 そこまで考えてリリアナは我に返る。

(神様を否定しちゃったわ! 罰が当たったらどうしよう! 申し訳ございません、神様!)

 リリアナはベッドの上に起き上がって祈りを捧げた後、他の聖女の考えがどんなものなのか、日記を読み進めていく事にしたのだった。
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