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令嬢の皮くらい被れる

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 ことのはじまりは辺境伯の代替わりについて父が王家に打診したことだった。

 逃げ癖があり、自分の嫌なことはとことん先延ばしにする癖もあるくせに、こういう動きだけは早い父にげんなりしていた私だけれど。

 王家側の対応も早かった。
 すぐに王家指名の文官が派遣されてきたのだ。
 
 なんでも次代が辺境伯として相応しい人間か見極めるためのことらしい。
 辺境伯領が国防の要であることを考えれば、それはよく分かる。

 だけどその派遣されてきた文官様を見たとき、私はこれは王家はこの若さでの代替わりに不信を持っているのではないかと考えた。

 怪しいよな、それは。

 姉はまだ十七だぞ。
 そんな若い娘にこれからは国をよく守るように、よろしくね、なんて笑顔で言い渡す王家なんかあるかよ。


 その文官様は、まさかの第四王子様だったのだ。




 
 そして私は今、その文官王子に問い詰められている。

 私がこの王子を落とそうと決めたのは、相手として好ましいと思ったからだ。

 王子様といえば、おそらく将来は王家から適当な爵位を貰ってどこぞの地を収めることになるだろう。
 でも所詮は王子様、領地経営は下々の者に任せ、王城かあるいは王都の屋敷で悠々自適な暮らしをするに違いない。

 それなら妻も好きに生きられるはず。

 結婚相手としてはなかなか好条件の男だろう?

 そして決め手があった。
 この男なら姉のためになる。


 それで私はこの文官王子が自領にいる間に落とすと決めた。

 男の落とし方なら、この地の諸先輩方が長いこと教えてきてくれたからな。
 私は出来る。間違いない。
 そうして自分の成功しか信じていなかった私は、作戦を実行に移したわけだ。

 その最初の一手で、失敗するなんてことがあるか?

 私の動きは完璧だったと思うぞ?
 練習を見てくれた諸先輩方も褒めてくれていたし?


 とりあえず、咳払いをしておいた。
 ん?令嬢はしないんだったか?まぁ、いいよな?


「んんんんん。失礼。私は安っぽい男性を望んではおりませんわ。ほほほ。少々誤解がありそうですね」


 私は大変に取り繕った令嬢らしい言葉を選び、この場をやり過ごすことにした。

 自分で発言しておいてなんだけれど、こういう口調はむず痒くて落ち着かなくなるから本当は嫌なんだよ。

 ここは辺境の地。
 一応令嬢としての礼儀ってものは一通り教わっているよ?
 でもそれを実践する人間がいない土地だ。

 だけど彼は王都から来た王子様。
 ここが辺境伯領であっても、王都の礼儀に合わせなきゃならない。
 そのうえ今は、王家が辺境伯家に猜疑心を持っているかもしれない懸念があるときた。

 辺境伯家は悪巧みなんて考えていないと示すためにも、次期辺境伯の妹としてそれらしく振る舞わなきゃならんわけだ。

 どうせこの国の一般的な貴族令嬢の皮を被るなら、作戦を実行するいい機会でもあるだろう?
 無駄にこんな皮、被りたくないからな。

 で、失敗したわけなんだけれど。

 あとで街の姐さん方に愚痴って慰めて貰おう。


「しかし君がたった今したことは、そういう結果を招く行いではなかったかな?」


 誤解ってことで話を流してはくれなかった。




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