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心の中では好きに呼ばせてよね

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 なんだ、これ。
 どんな答えが正解だ?

 令嬢の教育ではこんな質疑応答はなかったぞ。

 私に助言を出し続けてくれた諸先輩方だって、こんなときにはどうするかを教えてくれなかった。

「……仰る意味が分かりませんわ」

 分からないからごめんな。てへへ。

 これでどうだ?


 すると文官王子はにっこりと微笑んだ。
 王子ちょろいな、と思ったことは内緒にしておく。

 そうそう、この文官王子という呼称。
 私が勝手に心の中で呼んでいるだけだ。

 王家には家名がないので名前で呼ぶように、という有難いお言葉は会った初日に賜った。
 うん、困ったよな。

 実は本名が長いらしく、その一部を切り取ってそれで呼んでと言われたけれど。
 ジェイクだよジェイク。
 同じ名前の騎士を何人も知っている手前、どうにも呼びにくい。

 あいつら王子と同じ名前なの?え?不敬じゃないか?と思ったのも内緒だ。
 そのうち揶揄ってやろうとも思っている。ん?王子じゃないよ。騎士たちのことだね。

 それで文官王子でいいか、ということになったわけだ。

 心で決めれば、もうそれで。
 私は初日からずっと心の中で文官王子と呼び続けている。

 様を付けないのは敬っていないからではないよ。
 ただ心の中で考えるときにまで長くなるのは嫌だったから。それだけの話。

 そういやこの人、殿下と呼ぶなとも言っていたね。
 今は一介の文官として来ているから、それなら辺境伯家のご令嬢たちの方が身分は上だからとかなんとか。

 呼び捨てでいいよと言われてもさ。
 だからそれは騎士たちと被るから無理だって話で。

 仕方がないから、令嬢らしい言葉でそれはしおらしく遠慮しておいた。
 それで結局話し掛けるときには、ジェイク様って呼ぶことになったんだよ。
 姉もそう呼びはじめたから、これは仕方なくでもある。

 だけどやっぱりな。
 よく知った騎士たちに急に様を付けて呼んでいるみたいで、こっちは落ち着かないんだ。

 だから私の中ではずっと文官王子。
 心の中くらい自由にさせてくれよな。




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