ねえ、私が悪役令嬢だった頃の話をしましょうか

私が悪役だったかどうかなんて、いまさらどうでもいいことだ。
人は誰かの物語の中ではたいてい脇役で、もっと言えば、時には悪役でさえある。



かつて悪役令嬢と呼ばれたアカシアは、王都の喧騒を離れ、潮の匂いがかすかに漂う小さな港町へと移り住んだ。

そこは地図にも載らず、灯台とミモザの木だけが季節を覚えているような静かな町。誰も彼女の過去を知らず、肩書きも役割も必要としない。

そんなある日、古びた図書室で一人の少女がアカシアに声をかけた。

無邪気で真っ直ぐな少女は、長く凍っていたアカシアの心を、ゆっくり優しく溶かしていく。

誰かの人生で、例え一瞬でも大切に思われるならば、それで十分だったのだ。

花は散っても、確かにそこに咲いていたという証は、今も彼女の胸に残っている。
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