12 / 20
11 恋の蕾
しおりを挟む
動悸は家に2人で向かう途中から、既におかしなことになっていた。
雄大を家にあげてからは極力余計なことは何も考えないようにして、なるべく平常心を心がける。彼にリモコンを渡し、テレビをつけてもらって音が居間にあふれるとやっと一息ついた。この狭い空間だと、雄大の視界に自分がどうやっても入ることはあえて忘れることにした。
出来た料理を並べ――本当にお洒落さもなにもない普通の家庭料理――食べ始めると雄大は静かに、噛みしめるように美味い、と褒めてくれた。そして、人が作ったものを食べることがほとんどなかったから、と続けた。
「…え?」
雄大は我に返ったように瞬きをしてから優実を見ると、やや諦めたような笑みを浮かべた。
「俺んち、昔から親が…どっちもほとんど家に寄りつかなくて。弟もいたし、俺がずっと料理してたんだよな」
「…そうだったの…」
言い方や表情から、親にあまり良い思いを抱いていないということが伝わってきた。それでもなるべく会話が重くならないように彼が言葉を注意深く選んだことに気づいた。彼が抱えているのはどんな過去だろうか。優美は華やかな外見や人並み以上の経歴から、雄大は何不自由ない家庭に育ったのだと勝手に思い込んでいた自分を恥じた。
「だから今日は嬉しい。田中が誘ってくれて」
「……」
「ありがとうな」
お礼を言われると、もう我慢できなかった。
「こんなのでよかったら、いつでも…いつでも作るよ」
雄大のいつも冷静な、温度が少し低い瞳をまっすぐに見て、優美は微笑みを浮かべた。
「雑誌に載っているような、横文字の、お洒落なのはできないけどね」
初対面の時に冷たく冴えていると感じた雄大の瞳が、揺らめいた。あれだけ他者を拒絶していると思っていた彼の瞳はかつてないほどに雄弁で、何かを伝えようとしていて、優実は視線を逸らすことが出来ない。
「――そんなのはいらない。田中が作ってくれればなんでもいい。それに、田中が一緒に食べてくれたら、それで」
彼の吐息のような掠れた声に、息がとまるのを感じた。
しばらく時を忘れて見つめ合った。最初に動いたのは雄大だった。持っていた食器を置くと、瞳は逸らさないまま優実の右手をそっと握った。途端に握られた右手が熱を帯びる。
「俺は最初に会った時から…田中のことが好きなんだ」
「井上くん…」
その言葉が信じられず、小声で名前を呟く。
「田中には迷惑かもしれないけど…」
「……」
「田中が綺麗だからだけじゃなくて…皆に優しいところや真面目なところも」
(わたしが…綺麗…?)
「ずっと好きだったんだ」
雄大の端正な顔がみるみるうちにぼやけて歪んでいく。自分が泣いているということに気づいたのは彼が慌てて手を離した後だ。離された端から彼の温もりが恋しくなる。
「悪い、そんなに嫌だったか?」
優美は目を硬く瞑ると、微かに首を横に振った。
「…嫌じゃ、ない?」
頷くと、彼の気配が静かに寄ってきてそっと抱きしめられた。
「こうしても…大丈夫?」
優美は目を閉じたまま、こつんと彼の胸に自分の額を軽く押し付けた。雄大の身体がぶるっと震えるのが分かった。そのぬくもりを感じると自然と涙が止まった。
大好きな人が、自分のことを綺麗だと思ってくれている、そしてそれを言葉にしてくれたことで、優美は今までに感じたことのない幸福感に満たされ、眩暈がした。数年間咲くことすらないと諦めていた恋の蕾が今、開かんとしている。しばらくお互い黙って体温を分け合っていたが、優しく抱擁を解かれる。
「せっかく作ってくれたし、あったかいうちに飯食べるわ」
はは、と赤みが差している顔で呟いた雄大は明らかに照れていて、優実の胸は幸せに高鳴った。
雄大を家にあげてからは極力余計なことは何も考えないようにして、なるべく平常心を心がける。彼にリモコンを渡し、テレビをつけてもらって音が居間にあふれるとやっと一息ついた。この狭い空間だと、雄大の視界に自分がどうやっても入ることはあえて忘れることにした。
出来た料理を並べ――本当にお洒落さもなにもない普通の家庭料理――食べ始めると雄大は静かに、噛みしめるように美味い、と褒めてくれた。そして、人が作ったものを食べることがほとんどなかったから、と続けた。
「…え?」
雄大は我に返ったように瞬きをしてから優実を見ると、やや諦めたような笑みを浮かべた。
「俺んち、昔から親が…どっちもほとんど家に寄りつかなくて。弟もいたし、俺がずっと料理してたんだよな」
「…そうだったの…」
言い方や表情から、親にあまり良い思いを抱いていないということが伝わってきた。それでもなるべく会話が重くならないように彼が言葉を注意深く選んだことに気づいた。彼が抱えているのはどんな過去だろうか。優美は華やかな外見や人並み以上の経歴から、雄大は何不自由ない家庭に育ったのだと勝手に思い込んでいた自分を恥じた。
「だから今日は嬉しい。田中が誘ってくれて」
「……」
「ありがとうな」
お礼を言われると、もう我慢できなかった。
「こんなのでよかったら、いつでも…いつでも作るよ」
雄大のいつも冷静な、温度が少し低い瞳をまっすぐに見て、優美は微笑みを浮かべた。
「雑誌に載っているような、横文字の、お洒落なのはできないけどね」
初対面の時に冷たく冴えていると感じた雄大の瞳が、揺らめいた。あれだけ他者を拒絶していると思っていた彼の瞳はかつてないほどに雄弁で、何かを伝えようとしていて、優実は視線を逸らすことが出来ない。
「――そんなのはいらない。田中が作ってくれればなんでもいい。それに、田中が一緒に食べてくれたら、それで」
彼の吐息のような掠れた声に、息がとまるのを感じた。
しばらく時を忘れて見つめ合った。最初に動いたのは雄大だった。持っていた食器を置くと、瞳は逸らさないまま優実の右手をそっと握った。途端に握られた右手が熱を帯びる。
「俺は最初に会った時から…田中のことが好きなんだ」
「井上くん…」
その言葉が信じられず、小声で名前を呟く。
「田中には迷惑かもしれないけど…」
「……」
「田中が綺麗だからだけじゃなくて…皆に優しいところや真面目なところも」
(わたしが…綺麗…?)
「ずっと好きだったんだ」
雄大の端正な顔がみるみるうちにぼやけて歪んでいく。自分が泣いているということに気づいたのは彼が慌てて手を離した後だ。離された端から彼の温もりが恋しくなる。
「悪い、そんなに嫌だったか?」
優美は目を硬く瞑ると、微かに首を横に振った。
「…嫌じゃ、ない?」
頷くと、彼の気配が静かに寄ってきてそっと抱きしめられた。
「こうしても…大丈夫?」
優美は目を閉じたまま、こつんと彼の胸に自分の額を軽く押し付けた。雄大の身体がぶるっと震えるのが分かった。そのぬくもりを感じると自然と涙が止まった。
大好きな人が、自分のことを綺麗だと思ってくれている、そしてそれを言葉にしてくれたことで、優美は今までに感じたことのない幸福感に満たされ、眩暈がした。数年間咲くことすらないと諦めていた恋の蕾が今、開かんとしている。しばらくお互い黙って体温を分け合っていたが、優しく抱擁を解かれる。
「せっかく作ってくれたし、あったかいうちに飯食べるわ」
はは、と赤みが差している顔で呟いた雄大は明らかに照れていて、優実の胸は幸せに高鳴った。
24
あなたにおすすめの小説
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる