別れ話をしましょうか。

ふまさ

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 伯爵令嬢のデージーは、正面に座ってコーヒーを飲む、婚約者である伯爵令息のアールをじっと見詰めた。

 デージーは朝から、ずっと落ち着かなかった。前から楽しみにしていたお芝居も、ちっとも頭に入ってこなかった。胸が高鳴るはずのアールの顔も、アールがこちらをむいていないときしか見れない。まともに視線を合わすことができないのだ。

 だがそれも、仕方のないことだった。

 いつ別れ話を切り出されるのか。デージーの頭の中は、そのことでいっぱいだったから。

 午前中は、お芝居を見た。それは、前からの約束だったから、それを果たしてから言われるものと覚悟していた。芝居が終わり、何処かで昼食をとろうと言われ、馬車で移動中も、鼓動は早鐘を打っていた。早ければ、いま、告げられるかもしれない。けれどレストランについてからも、昼食をとっている最中も、アールにその気配はない。

(……昼食を食べ終わったあと、かしら)

 アールに別のことを話しかけられても、上の空のデージー。いっそ、早く告げてほしかった。いつもと変わらないように見えて、どこかいつもより優しいような、気遣われているような気がしてしまうのは、きっと気のせいではないだろう。

 昼食を食べ終えたアールが、食後のコーヒーを口にする。くる。くるわ。デージーがごくりと生唾を呑んだとき。

「デージー」

 アールに名を呼ばれたデージーは、思わずびくっと肩を揺らした。

「は、はい」

 きた、と思ったのだが──。

「デザート、食べないの?」

 アールが指さしたのは、デージーの目の前に置かれた、好物のチーズケーキだった。ええと。デージーが視線を彷徨わせる。

「昼食も、かなり残していたよね。もしかして、どこか具合でも悪いの?」

 心配そうな声色に、デージーは泣きそうになった。そう。決して、嫌われたわけではないのだ。でも、これは仕方のないことだから。

「……アール様。わたしなら、大丈夫ですから」

「そう? でも、顔色もすぐれないようだし……今日のところは」

 デージーは、はっと顔を上げた。

「い、いいえ。本当に大丈夫ですので」

「無理は駄目だよ?」

「無理、とかではなく……あの」

「うん?」

 デージーは覚悟を決め、ゆっくりと面をあげて、無理やり笑みを浮かべた。

「……わたし、もう、知っているんです」

 アールが、え、と目を瞠る。

 ──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。

 でも。その優しさが、いまは辛い。

 だからいっそ、わたしから告げてしまおう。


「お別れしましょう、アール様」


 デージーの声は、少しだけ、震えていた。


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