1 / 22
1
しおりを挟む
伯爵令嬢のデージーは、正面に座ってコーヒーを飲む、婚約者である伯爵令息のアールをじっと見詰めた。
デージーは朝から、ずっと落ち着かなかった。前から楽しみにしていたお芝居も、ちっとも頭に入ってこなかった。胸が高鳴るはずのアールの顔も、アールがこちらをむいていないときしか見れない。まともに視線を合わすことができないのだ。
だがそれも、仕方のないことだった。
いつ別れ話を切り出されるのか。デージーの頭の中は、そのことでいっぱいだったから。
午前中は、お芝居を見た。それは、前からの約束だったから、それを果たしてから言われるものと覚悟していた。芝居が終わり、何処かで昼食をとろうと言われ、馬車で移動中も、鼓動は早鐘を打っていた。早ければ、いま、告げられるかもしれない。けれどレストランについてからも、昼食をとっている最中も、アールにその気配はない。
(……昼食を食べ終わったあと、かしら)
アールに別のことを話しかけられても、上の空のデージー。いっそ、早く告げてほしかった。いつもと変わらないように見えて、どこかいつもより優しいような、気遣われているような気がしてしまうのは、きっと気のせいではないだろう。
昼食を食べ終えたアールが、食後のコーヒーを口にする。くる。くるわ。デージーがごくりと生唾を呑んだとき。
「デージー」
アールに名を呼ばれたデージーは、思わずびくっと肩を揺らした。
「は、はい」
きた、と思ったのだが──。
「デザート、食べないの?」
アールが指さしたのは、デージーの目の前に置かれた、好物のチーズケーキだった。ええと。デージーが視線を彷徨わせる。
「昼食も、かなり残していたよね。もしかして、どこか具合でも悪いの?」
心配そうな声色に、デージーは泣きそうになった。そう。決して、嫌われたわけではないのだ。でも、これは仕方のないことだから。
「……アール様。わたしなら、大丈夫ですから」
「そう? でも、顔色もすぐれないようだし……今日のところは」
デージーは、はっと顔を上げた。
「い、いいえ。本当に大丈夫ですので」
「無理は駄目だよ?」
「無理、とかではなく……あの」
「うん?」
デージーは覚悟を決め、ゆっくりと面をあげて、無理やり笑みを浮かべた。
「……わたし、もう、知っているんです」
アールが、え、と目を瞠る。
──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。
でも。その優しさが、いまは辛い。
だからいっそ、わたしから告げてしまおう。
「お別れしましょう、アール様」
デージーの声は、少しだけ、震えていた。
デージーは朝から、ずっと落ち着かなかった。前から楽しみにしていたお芝居も、ちっとも頭に入ってこなかった。胸が高鳴るはずのアールの顔も、アールがこちらをむいていないときしか見れない。まともに視線を合わすことができないのだ。
だがそれも、仕方のないことだった。
いつ別れ話を切り出されるのか。デージーの頭の中は、そのことでいっぱいだったから。
午前中は、お芝居を見た。それは、前からの約束だったから、それを果たしてから言われるものと覚悟していた。芝居が終わり、何処かで昼食をとろうと言われ、馬車で移動中も、鼓動は早鐘を打っていた。早ければ、いま、告げられるかもしれない。けれどレストランについてからも、昼食をとっている最中も、アールにその気配はない。
(……昼食を食べ終わったあと、かしら)
アールに別のことを話しかけられても、上の空のデージー。いっそ、早く告げてほしかった。いつもと変わらないように見えて、どこかいつもより優しいような、気遣われているような気がしてしまうのは、きっと気のせいではないだろう。
昼食を食べ終えたアールが、食後のコーヒーを口にする。くる。くるわ。デージーがごくりと生唾を呑んだとき。
「デージー」
アールに名を呼ばれたデージーは、思わずびくっと肩を揺らした。
「は、はい」
きた、と思ったのだが──。
「デザート、食べないの?」
アールが指さしたのは、デージーの目の前に置かれた、好物のチーズケーキだった。ええと。デージーが視線を彷徨わせる。
「昼食も、かなり残していたよね。もしかして、どこか具合でも悪いの?」
心配そうな声色に、デージーは泣きそうになった。そう。決して、嫌われたわけではないのだ。でも、これは仕方のないことだから。
「……アール様。わたしなら、大丈夫ですから」
「そう? でも、顔色もすぐれないようだし……今日のところは」
デージーは、はっと顔を上げた。
「い、いいえ。本当に大丈夫ですので」
「無理は駄目だよ?」
「無理、とかではなく……あの」
「うん?」
デージーは覚悟を決め、ゆっくりと面をあげて、無理やり笑みを浮かべた。
「……わたし、もう、知っているんです」
アールが、え、と目を瞠る。
──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。
でも。その優しさが、いまは辛い。
だからいっそ、わたしから告げてしまおう。
「お別れしましょう、アール様」
デージーの声は、少しだけ、震えていた。
応援ありがとうございます!
66
お気に入りに追加
3,048
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる