『ドリアン山の最後の二等兵』―桃色の寺の菩提樹の下で―
「命令だ。お前はここに残れ――。」
一九四五年、終戦間近のタイ。敗走する二等兵・相沢義信は、かつて日本軍が現地民を徴用して建設した「日本街道」の傍らで、剥き出しの憎悪と飢餓に直面していた。
生き延びるために盗みを働き、殺生を犯す相沢。しかし、彼を見つめる一人の村の娘の瞳にあったのは、断罪ではなく底知れぬ「慈悲」だった。共に逃げ延びた中村軍曹は、かつて道を作った際に犯した殺人を相沢に打ち明け、桃色の寺院で自らの命を絶つ。
一人残された相沢に下された、軍曹の最期の命令。それは「僧となってこの地に留まること」だった。
名前を捨て、橙色の僧衣に身を包んだ相沢は、かつて略奪した村から托鉢で米を恵まれ、言葉を失ったまま五十年の歳月を石段の掃除に捧げる。なぜ彼は帰国せず、タイの山奥で掃き清め続けたのか。
二〇一五年、相沢がその生涯を閉じた時、かつての娘――いまは老女となった彼女が供えた「包み」が、止まっていた時間を動かし始める。ドリアンの甘く腐ったような匂いが漂う中、戦争の罪を一身に背負い、静かに消えていった一人の日本兵の魂の遍歴を描く感動の短編。
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赤井先生のおすすめ作品ということで遅くなりましたが読ませていただきました。
十夢矢夢君先生の作品、大変興味深く読みました。
現地で暮らしてられる方なんですね。
恥ずかしながら「戦場にかける橋」くらいしかタイに関する知識がない中、各話についてる挿絵と、赤井先生の勉強会(?)でイメージしながら楽しませていただきました。
元兵士は仏門に帰依する事例は結構あったそうですね。
今日の花まつりに間に合うように読み終わってよかったです。
また、他の作品も読ませていただきます。
タイは「夏」ですか?
十夢矢夢君先生も暑さに負けないようにぱにゃにゃんだ!
「KKFA京都支部」LOVE雪風ちゃん さま、
ご感想戴きありがとうございます、嬉しいです。
タイは常夏の国です、この時期は”暑季”と言って、体感温度は40度くらいでしょうか、日本とは違い一年で一番暑い季節になります。「泰緬鉄道」建設に従事した方々も、この過酷な猛暑の中での重労働は想像を絶するでしょう。また、「仏門」(上座部仏教)に帰依した”未帰還兵”は主に、インパール作戦におけるビルマ(現ミャンマー)やタイ、ラオスが多かったと思います。規律も厳しく大変な修行です。しかし、彼らはそれ以上の地獄の惨状を目にし、唯一の救済が仏門だと悟ったのかもしれませんね。
日本は桜満開ですか?もう何十年も日本の桜の季節には還っておりません。「花まつり」愉しそうですね、お楽しみください。“パヤヤームナカップ” พยายามนะตรับ 合掌
「十夢矢夢君」先生、完結おめでとうございました。
がっつり読み込ませていただきました。
人の「因果」の重みがありすぎる(笑)前半から、後半の数話で綺麗にまとまられていたので、読み終わっての感覚は割と良い意味で軽く感じています。
8月15日以後の日本兵を描いた作品は、終戦を迎えた「場所」によって、いろんなパターンがありますが「連合国」の支配地(植民地)でないタイならではの雰囲気がよく伝わってきました。
素敵な作品をありがとうございました。
(。-人-。) ニホンノタメニタタカッタオオクノエイレイニガッショウ!
M‐赤井翼 先生、
本作への感想も頂戴し誠にありがとうございます!ほとんど"殴り書き”のような文体になってしまった理由(言い訳)として、あの日、ドリアン寺の頂上にある祠の上に二人のヤンキー兵士が煙草を吸いながら私を見下ろしていたそうです。霊感の強い友人がそう言って早々と山を下りましたが、私は辛抱して一枚だけ写真を撮っておきました。三か月以上経った先日、夢の中でその二人のうち一人が出てきて「おらおら、はよ、俺らのこと書かんかいなぁ…」とお𠮟りを受けたので慌てて書いた次第です。作中の中村軍曹と相沢二等兵のような感じではなかったですがね…(笑)
いや~良かった。
このナコンナヨックのピンクの寺行ったことあります。
日本人の坊さんが居たというのも近所住んでるタイ人からも聞いたことありますが、このような物語となって出せるのが素晴らしいです。ホロっと来てしまいました。
物語にでてくる女性ってあの家の人だったりして?とも思っております。有難うございました。
Dai小隊長、ご感想誠にありがとうございます!やはり、ピンクのドリアン寺へ行かれてましたか?あのお堂のさらに上にある小さな祠の屋根に二人の英霊が見下ろしていました。タイ人の友人は霊感が強く、すぐに山を下りたのですが、私は線香をと思い、周りを見てもなかったので、胸ポケットからいつものWinstonを二本取り出し、祠の前に置いていきました。当時、敗戦を知った数人の将校さんたちがこの祠の前で割腹自決されたと、後になって聞きました。多分、そのお二人が中村軍曹と相沢二等兵だったのかもしれませんね。敬礼!
「十夢矢夢君」先生、「サワディーカップ(。-人-。) !」
(初めての書き込みなので「インディーティーダイルーチャッククラップ(。-人-。) 」と書いた方がよいのでしょうか?使い方が誤ってたらすみません。)
リアル派の歴史小説、近代戦記小説ファンの「けんたくん」と言います。(「チームみりおた」は所属チーム名ですので流してください。)
私が応援している某先生の「今月のおすすめ作品」に「十夢矢夢君」先生の作品が連月で推薦されていましたので読ませていただきました。
先月の「日本兵の幽霊と煙草」の話もよかったです。
こちらはボリュームがあるのでさらに読み応えがありますね。
日本軍兵士の心理描写がリアルですごく胸に響きます。
先日、某先生から戦後もフィリピンで戦い続けたルパング島の「小野田少尉」と「2名の部下」の逸話を聞かせてもらったところです。
小野田少尉は有名ですが戦後も一緒に戦った部下がいたとは知りませんでした。
「名もなき兵士の戦後」の「活動(行動)」とその時の「心理」に興味を持ったところでしたのでまさに「ドンピシャ」な作品です。
軍服を境内の隅で燃やすところにジーンと来ました。
「十夢矢夢君」先生の作品は「ビルマの竪琴」とは違いますね。
満州戦線の話は多く残されていますが、アジアに残された兵士の話は少ないのですごく勉強になります。
うちのメンバー(「チームみりおた」または「RBFC」と言います)が昨日から結構な人数読み始めています。
書き込み好きが多いのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、適当にいなしておいてください(笑)。
更新を心待ちにしてます。
「十夢矢夢君」先生!ぱにゃにゃんだー!(タイの話でラオス語もおかしいですが(笑)!)
ヾ(*´∀`*)ノ
チーム「みりおた」・けんたくん先生
ご感想を戴き本当に嬉しく感謝申し上げます。改めまして”สวัสดี ยินดีที่ได้รู้จักครับ” チーム「みりおた」の皆様でお読み頂けるとは感激至極であります!タイは”十死零生”の激戦区ではなかったのですが、まさに”名もなき兵士”さんたちの現地のタイ人との人間ドラマが多々あります。当時の日本人の世界観(今も変わらぬDNAかも)と、現地アジア・タイの人たちのそれとが、仏教という共通言語の琴線を通して触れ合う様子を描きたかったのです。作中の相沢二等兵は竪琴は弾けませんでしたが、御仏の教えに沿って生きていく様を読者の方々に一緒に考えてもらおうと思い執筆致しました。あの「ピンクのお寺」はタイ中部のナコンナーヨック県に実在する仏教寺(ドリアン寺)で、ドリアン山という山の麓にあります。当時の大日本帝国陸軍の駐屯地であった場所は今は「タイ国軍陸軍士官学校」となっております。作中の「日本街道」は今でも陸軍士官学校からドリアン寺まで続く村道となって実在しています。是非、タイへお越しの際は一緒に出掛けてみませんか?
「けんたくん」先生、"สู้ สู้" 頑張れ!
合掌