SF コズミックホラー 小説一覧
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4件
1
妻は太陽系の外で死んだはずだった
廊下に果歩が立っていた。
打ち上げの日に着ていた、機構の薄い作業着。左の肩から腹までが、乾ききらない赤で塗られている。髪が首に貼りついていた。靴を履いていない。
「逃げて」
最初に出たのが、それだ。
俺は口を開けて、何も言わずに閉じた。もう一度開ける。
「……誰だ」
「直人」
「誰だって聞いてる」
果歩が上がってきた。土間で足を止めないことに、この人は気づいていない。裸足のままフローリングに赤い跡を置いて、俺の手首を掴んだ。
冷たい、という言い方は正しくない。氷は冷たい。これは、手首の内側から熱を引き抜いていく側の冷たさだった。二秒で指の感覚が鈍った。
俺は引き剥がした。
「あんたが誰か知らないが、あの人は今日、死んだ。全国で流れた。さっき見た」
「見たね。そう報じられることは、知ってた」
「じゃあ証明しろ」
果歩は玄関を振り返った。
「その鍵、まだ直してない」
「それは」
「直そうって言ったの私。今度やるって言ったのあなた。引っかかるたびに舌打ちして、そのあとで必ず謝るでしょう。誰にも言ってない」
俺は黙った。
鍵の話を外でしたことはない。舌打ちのほうは、自分でも忘れているつもりでいた。
2
九州の地下に眠る海
熊本県阿蘇郡、地図にも載らない小さな集落「灰塚」。
そこには古い言葉が残っている。
「夜ん谷には行きなはんな」――。
東京で映像編集者として暮らす椎葉蓮は、祖父の訃報を受けて
十数年ぶりに故郷へ戻る。無口だった祖父が、死の間際に遺し
たのはたった一言。
「戸ば、開けるな」
帰郷の前夜から、蓮は同じ夢を見続けていた。光の届かぬ深海
の底で、見上げる先にある巨大な「何か」。寝返りを打つたび
に海ごと震わせる、山ほどもある存在――。
阿蘇カルデラは、九万年前の巨大噴火で生まれた世界最大級の
窪地である。だが祖父の蔵に伝わる写本『火國秘聞』は、それ
より遥かに古い時代を語る。曰く、この地はかつて海だった。
そして今も――山の下に、海はある。
肥後の地、神々が生まれ降り立つ五つの場所。阿蘇、人吉、八
代、天草、荒尾。それぞれの土地に「戸」があり、それを守る
「戸守り」の家がある。椎葉、岩戸、矢部、深江、三池。彼ら
は代々、地下に眠るものを目覚めさせぬよう、血と祈りによっ
て契約を繋いできた。
だが今、契約は緩み始めている。
阿蘇の噴煙のなかに、東京の路面に滲む潮の匂いに、観光プロ
モーション映像の一コマに、それは確かに、姿を見せ始めている。
H・P・ラヴクラフトのコズミックホラーを、肥後の風土に深く
根ざして描く連作怪奇短篇集。
3
星存観測
人類が崩壊した地球を脱出し、巨大な宇宙船の中で第二の地球を求めて漂流する暮らしを始めてから、百三十五年。
人々は『探索刑』という合理的な刑罰を生み出した。発射型輸送ポッドという一方通行のみ可能な小型宇宙船に囚人を乗せ、人類移住の見込みがある星に送り込む。つまり、宇宙版島流しである。
『探索刑』に処されたアハトは、見ず知らずの囚人たちと共に未知なる星に墜落する。
この星で三年間生き延びれば、宇宙船が迎えに来る。しかしアハトは知っていた。仲間の囚人たちの中に、『宇宙船史上最悪の殺人鬼』がいる。
4
虚声断ちのルグダン
足元から這い上がる――名もなき声。 それはどこから来て、何を告げるのか。 現れたのは、黒き刃をまとい、人の形に押し込められた戦士。 声を断ち、人々を救うかのように見えるその姿は、しかし―― 正義か、異形か。彼は一体、何者なのか。 コズミックホラーの絶望と、ヒーロー譚の希望…
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