第25回漫画大賞 秋の陣
選考概要
今回、編集部内で大賞候補作としたのは「見習い魔導士アレックスと悪魔王の禁書」「私のかわいいお姫さまっ!」 「真実の愛を見つけたので聖女との婚約は破棄されました」「魔女と騎士のカンパネラ」「ノーコンプライアンス勇者」「魔王さまとポンコツ天使の魔界ライフ」 「魔女とトロルの小さな幸せ」「竜人ちゃんはぼくとしたい」「だべりんぐ。」「Tomb of Honor 夢の跡」「トッパクロ」「ノンアル」 「霊本渚の異奏快譚」「彼女はガーデニア」「死季転換」「音と恋 Oto to Koi」の16 作品。
魅力溢れる多種多様な候補作のうち、編集部内で大きな支持を得た「魔女とトロルの小さな幸せ」を大賞(賞金50万円)に選出した。3大会連続の「大賞」作品の選出となり、投稿作品のさらなるレベルアップを感じさせる結果となった。
続く各賞の選考では、次いで支持を集めた「真実の愛を見つけたので聖女との婚約は破棄されました」を編集長賞(賞金10万円)に、「霊本渚の異奏快譚」をネコ部長賞(賞金10万円)に選出した。さらに今回は25周年の特別記念として、賞金を従来の100万円から125万円に増額。それに合わせて新たに複数の賞を設け、「竜人ちゃんはぼくとしたい」をラブコメ賞(賞金10万円)に、「ノンアル」を恋愛賞(賞金10万円)に、「私のかわいいお姫さまっ!」をアイデア賞(賞金5万円)に、「見習い魔導士アレックスと悪魔王の禁書」と「魔女と騎士のカンパネラ」を期待賞(賞金各5万円)に、「だべりんぐ。」と「魔王さまとポンコツ天使の魔界ライフ」を特別賞(賞金各5万円)に選出する運びとなった。
「魔女とトロルの小さな幸せ」は、魔女に憧れる少女アデルと、トロルのお爺さんとの出会いから始まる王道ファンタジー作品。基礎の部分に隙がなく、漫画としての総合的な完成度の高さが評価された。特に個性豊かで親しみやすいキャラクター達が織りなす、温かみがありながら深みも感じさせるストーリーは出色の出来栄え。しかしながら、人物や背景を丁寧に描き切る画力はあるものの、画風が内容に比してやや子ども向けで、対象となる読者層と絵柄に若干のズレが見受けられる。より垢抜けた、青年漫画風の絵柄を身につけることができれば、さらにレベルの高い作品に仕上がるはずだ。
「真実の愛を見つけたので聖女との婚約は破棄されました」は、突如聖女との婚約を破棄した王太子に求婚され、身分違いの恋が始まる令嬢ものの短編。今回の応募作の中で最もキャラクターのビジュアルに華があり、特に女性向けレーベル担当の審査員から強い支持を得た。目新しい設定ではないものの、ギャグテイストを入れることで一定の差別化も図れている。ただ、特に背景、仕上げの面ではさらなるブラッシュアップの余地がある。トーンやハイライトの入れ方を工夫し、より立体感のある作画ができるようになれば、商業漫画の水準に達するのも近いだろう。
「霊本渚の異奏快譚」は、霊感が強く妖怪を引き寄せる体質の主人公「霊本渚」と、ある日出会った犬の妖怪「ふく」が織りなす日常ストーリー。特にふくを始めとした女の子キャラの可愛さが目を引き、画力の高さが高評価の要因となった。ただ一方で、やや情報不足感が否めず唐突な展開も見られる物語描写は明確な課題か。頭の中では綺麗に話が繋がっている作者と、描かれたものしか見ることのできない読者の間で情報量に差が生じないよう、読み手に親切なわかりやすい描写を意識してほしい。
「竜人ちゃんはぼくとしたい」は、彼女に振られた主人公が、雪山で出会った竜人ちゃんに衝動的に告白してしまい、そのまま付き合うことになるラブコメディ。表情や仕草の描写にはまだ少し硬さが見えるものの、とにかくヒロインを可愛く、色っぽく描くという意気込みを感じる作品だった。今後は心情描写に深みを持たせたり、ストーリーに明確な軸を設定するなど、作品としての幅を広げる工夫を。
「ノンアル」は、ちょっと気難しいサークルの先輩と、アルコールに頼ることでしか好きな人に絡めない主人公の日常恋愛作品。恋愛賞に相応しく感情の機微の表現が秀逸で、何気ない大学生の日々の中にある恋愛模様を丁寧に演出できている。しかしながら画力にはまだ向上の余地が大きく、特にグレーのベタ塗りによる画面ののっぺり感を改善したい。トーンワークを見直すとともに線の強弱を意識し、絵にメリハリをつけられれば大きく印象が変わるはずだ。
「私のかわいいお姫さまっ!」は、ファンタジー世界の王女と従者が転生し、現代日本の会社員として、互いに性別が入れ替わった状態で再会するラブコメディ。非常にユニークなアイデアであるが、それをストーリーにうまく落とし込むことができており、設定負けしていない。ただ、特に序盤において画面の情報量が多く、読みにくさが目立ってしまっている。1ページあたりの文字量や画面を占めるフキダシの割合に注意するなど、読みやすい原稿作りを心がけてほしい。
「見習い魔導士アレックスと悪魔王の禁書」は、偉大な魔導士の両親を持ちながら魔法の才能に恵まれない少年アレックスが、一流の魔導士を目指して奮闘するファンタジー作品。主線の太さやトーンのベタ貼りによって絵が平面的になっている点は要改善だが、特に画力における伸び代の大きさが評価される形となった。また、構図の取り方には工夫が見られるほか、絵柄もファンタジーの世界観によく合っているため、課題を解決していければ大きく飛躍する可能性を秘めている。
「魔女と騎士のカンパネラ」は、成績最下位の魔女シャロンと騎士団長カーティスが異変究明のため旅をする長編ファンタジー。長期連載を続ける中で画力が向上している点が注目を集めた。最大の課題は全体的に画面があっさりしすぎている点。女性向けであればもう少し仕上げに華やかさを持たせたい。また、キャラの表情や動きに変化が少ないのも物足りなさを生む要因なので、ケレン味のある描写ができるようになれば一気に迫力が出てくるだろう。
「だべりんぐ。」は、日々をダラダラと過ごす女子高生たちの掛け合いが楽しめる日常系コメディ。シュールかつゆるいギャグが独特の空気感を生んでおり、笑いのセンスが光る作品だ。しかし登場人物たちの見た目、日常がどこか古く、「やや昔の女子高生」感が否めない。作中の時代感覚をアップデートできれば、さらに読者への間口が広がっていく。
「魔王さまとポンコツ天使の魔界ライフ」は、魔界に落ちてしまった天使が魔王に拾われ、魔族に愛を教えていくほのぼのファンタジー。男女ともにキャラクターを可愛らしく描くことができているが、バストアップの描写が多く背景情報が伝わりづらいのが課題。ヒキの画角を増やし背景をしっかり描きこむことで、「魔界ライフ」の様子が伝わりやすくなり、作品の魅力が数段増すだろう。
惜しくも受賞を逃した6作品もそれぞれに見所があり、将来性を感じる作品ばかりだった。
「ノーコンプライアンス勇者」は、クズの魔法使いが知略と金の力を使って勇者としての成り上がりを目指すギャグ漫画。画力にはまだまだ成長の余地が多分にあるが、クズな勇者をはじめ個性豊かなキャラクターやアイデアの面白さが評価された。話数の割に話の進みが緩やかで展開にも突飛さが目立つため、この物語がどこに向かうのかというストーリーの軸を持たせたい。
「Tomb of Honor 夢の跡」は、田舎で暮らす青年アークマンの、波乱に満ちた人生を描くファンタジー作品。初めて漫画作品を描いたとのことだが、特に構成力の高さは初挑戦とは思えず、とても読みやすい。次なる一歩としては、線画にメリハリをつけたり陰影の書き込みを増やすなどして画面の単調さを減らす、物語に緩急をつけテンポをよくするなど、画力、ストーリー面での成長を期待する。
「トッパクロ」は、姉を亡くした孤独で後ろ向きな青年が、周囲の人との関わりの中で精神的な成長を遂げるエッセイ風ストーリー。精緻な感情表現と、水彩画調の情緒的な描写が合わさり独自の魅力を醸し出している。ただ、リアリティを重視するあまりストーリーの盛り上がりが控えめで、主人公のキャラクター性も薄くなってしまっている点が惜しい。彼の精神的な成長をドラマとしてさらに掘り下げるなど、より読者を楽しませる工夫ができれば作品としてのレベルがぐっと上がるだろう。
「彼女はガーデニア」は、天才魔導士と幼馴染の正統派恋愛ファンタジー、と思わせてまさかの展開が待っている…という意欲作。読者を選ぶその作劇は評価が分かれたが、仕上げの処理や作画の丁寧さは全体的に高い評価を得た。対象となる読者層を広げるため、一般的なテーマを扱った作品にもぜひ挑戦してほしい。
「死季転換」は、バラエティに富んだキャラクター達が、突如一つの部屋で目覚めるところから始まるデスゲームもの。サスペンスならではの、謎が謎を呼ぶ先の読めない話づくりに惹き込まれた。動きのあるシーンのネーム力が課題だが、回を重ねるごとに読みやすさが向上してきており、今後のさらなる成長に期待したい。脳内で思い浮かべた動きを、読者にもわかりやすいように描き起こす練習を重ねよう。
「音と恋 Oto to Koi」は、とある音楽スタジオで起こった、男女の偶然の出会いを切り取った短編。総合的な画力にはまだ拙さが残るものの、決めゴマにおけるヒロインの見せ方が素晴らしかった。感情の伝わる表情は描けているので、画力が演出に追いつけばさらなるステップアップが見込める。まずは基礎を固め、画力の向上を目指してもらいたい。
「第25回漫画大賞 秋の陣」の応募総数は1000作品。BL作品をBL大賞に振り分けるようになって以降、最大の応募総数となり、さらに3回連続の大賞選出という大変喜ばしい結果となった。25周年特別記念を象徴するかのように、作品数が4桁の大台に乗り競争の激しさも増したことで、最終候補まで残った作品群のクオリティの高さをはっきりと感じる充実した選考となった。次回以降も、個性豊かで才気あふれる作品群がしのぎを削り、大賞にふさわしい作品が多く現れることを期待する。
魔女とトロルの小さな幸せ
森で遭う
ポイント最上位作品として“読者賞”に決定いたしました。ストーリーが簡潔にまとまっており読みやすく、その中で丁寧に描かれているユアの成長が印象的でした。また、繊細なタッチの絵柄はどこか儚げな作品の雰囲気とマッチしており、本作の魅力をより増幅しています。ただ、シーンごとのキャラの表情の変化が小さく、それが全体としてやや単調な印象を生んでいます。表情描写のバリエーションを増やせるようになるとさらに見栄えが良くなるでしょう。
真実の愛を見つけたので聖女との婚約は破棄されました
人体のバランスが正確で表情も豊かに描けており、背景は向上の余地はありつつも、ファンタジーの世界観をしっかりと表現できています。画力に関しては応募作の中で一、二を争うハイレベルな作品でした。一方で、回想部分の視点切り替えの多さや全体的な台詞回しにおいてややわかりにくい部分があるなど、構成力において課題が散見されました。その中でも冒頭のシーンは、聖女との婚約破棄をなぜか主人公に宣言しており、違和感が目立ってしまっています。初見の読者の目線に立ち、読みづらい点がないか丹念にチェックするように心がけましょう。
霊本渚の異奏快譚
安定したクセのない絵柄は、万人に受け入れられる将来性を秘めています。人物はもちろん、背景描写の正確さには目を見張るものがあり、画面全体の完成度では選考作品の中でも随一の出来を誇っています。その反面、本作は少年向け作品として登録されていますが、キャラの性格や話の内容と、ターゲットとなる読者層がややミスマッチを起こしている印象を受けました。特に主人公の、ヤンチャな見た目の割に純粋で可愛げのある性格は、どちらかといえば女性ウケするキャラです。対象読者を明確にした上で作品作りを行えば、より多くの人気を得ることができるでしょう。
竜人ちゃんはぼくとしたい
ヒロインの体温が氷点下であるため触れ合いたくてもできない、という設定は斬新で、ラブコメにおけるキャラが備えるべきオリジナリティをしっかり有しています。ですが、今のままだと少し設定が先行してしまっているように見受けられ、ラブコメ作品において読者が楽しむであろう、キャラの感情の変化を伴う物語としての魅力が薄いのがもったいないです。二人の性格や関係性を掘り下げるなど、ストーリーの面でも強みを創り出すことを目指していきましょう。
ノンアル
作画に課題がありつつも、回を追うごとに画力が向上しており、細い線の柔らかな描き口も合わせてポテンシャルを感じます。他方で、見沢さんの気難しい性格について、「一癖ある先輩」というキャラを印象付けたいあまり口の悪さなどが悪目立ちしてしまい、彼の魅力を十分に描けていないように思います。面倒臭い性格に理由をつけるなど、読者が納得感を持ってキャラを受け入れられるような工夫をしてみましょう。
私のかわいいお姫さまっ!
独創的で面白い設定からなる二人の関係性は、互いの個性がしっかりと活かされており、そんな二人の見ていて楽しい掛け合いが魅力的です。その一方で、再会後は一貫してハイテンションなやり取りのまま最後まで続いてゆくため、読者によっては読み疲れてしまう可能性があります。読み手がスムーズに物語を追えるよう、キャラのテンション感に緩急をつけるなど、展開のメリハリを意識してみると良いでしょう。
【完結】見習い魔導士アレックスと悪魔王の禁書
綺麗な絵柄で、かつ表情やキャラの描き分けはよくできているので、画力に関しては練習を重ね、陰影やメリハリの少なさを改善できれば飛躍的に上達する可能性があります。一方で、キャラの性格や判断軸の掘り下げが浅く、言動の説得力に欠けているシーンがいくつか見受けられます。より意識的にキャラクターの内面描写を行い、読者のキャラクターに対する理解度を上げられるように努力しましょう。
魔女と騎士のカンパネラ
なかなかの長編作品ながら話は未だ中盤といったところで、ゼロからこれだけの「読ませる」ストーリーを作り上げる物語の構築力は評価に値します。ただ見せ場や山場といった意識が少なく、盛り上がりに欠ける点が非常に惜しいです。シーンごとの演出力の向上はもちろんのこと、物語全体で起伏のある構成を心掛けるなど、読者が没入感を持って読むことのできるような工夫が求められます。
だべりんぐ。
日常ギャグでありがちな、行き過ぎた奇人、変人キャラなどの安易な笑いに走らず、現実の範疇に収まった、かつ豊かな発想から生まれるギャグで面白さを出せている点には好感が持てます。しかしながら、登場人物の役割が明確でないため、一人一人の印象が薄く、その魅力を生かしきれていません。今後はキャラに個性や目的を与えることを心がけ、愛されるキャラクター作りを意識していきましょう。
魔王さまとポンコツ天使の魔界ライフ
寄りの描写が多いという課題はあるものの、コマ割りや構図には工夫が見られ、見栄えを意識したネームを描こうという意識を感じる点は好印象です。他方、ストーリーはかなり幼い読者に向けて作られている印象があり、対象読者の幅を狭めてしまっているのがもったいないです。ほのぼのとした雰囲気の中でも、キャラの掘り下げなど、随所で深みを出して行くことができればさらなる読者獲得を期待できるでしょう。
※受賞作については大賞ランキングの最終順位を追記しております。
しっかりと練られた設定とキャラの丁寧な掘り下げによる物語の構築力は、本選考において他の追随を許さないものでした。トロルのお爺さんをはじめ、キャラクターの感情の機微が精緻に描けており、読者の心に響くドラマ性のあるストーリーはお見事です。作画も堅実で、粗のない出来ではあるのですが、ビジュアルと内容のミスマッチが作品のポテンシャルを最大化しきれていないのが惜しいと感じます。特にキャラの頭身の低さが目立ち、ある程度骨太なテーマに対して登場人物の見た目が幼すぎる印象を受けました。テーマに合った画風を確立できれば、作品の魅力が一層高まっていくことでしょう。