母を亡くし、父もいない愛蘭は、伯爵家を追放され、路頭で死そうになるが、皇都で後宮画家になり、イケメン上司原水と出会い、溺愛される!

愛蘭が二十歳の誕生日を迎えた初春の日、港湾都市・緑港には重たい雲が垂れこめていた。
 本来なら祝われるはずのその日、彼女は緑港伯爵家の大広間にひとり立たされていた。

 正面には叔父、その隣には従姉の麗香、そして――昨日まで婚約者だった沈琳道。

「どうして……わたしが家をでないといけないの?」

 問いかけても、答えは返らない。
 沈琳道は視線を逸らし、「麗香を選んだ」とだけ告げた。
 麗香は勝者のように微笑み、愛蘭が五年間フラン王国に渡っていたことを責め立てる。

「あなたの後ろ盾だったおじい様も亡くなった。
 フラン人とのハーフであるあなたが、この家にいる理由はもうないわ」

 叔父は淡々と命じた。

「今日限りで屋敷を出て、街からも去りなさい」

 愛蘭に許されたのは、小さな荷物袋ひとつだけ。
 怒鳴ることも泣くこともなく、彼女は静かに頭を下げた。

 屋敷の門を出た瞬間、冷たい雨が降り始めた。
 それはまるで、彼女の代わりに空が泣いているようだった。

 ――これで、この街での暮らしは終わり。

 市場の喧騒も、港の鐘の音も、すべてが遠ざかる。
 愛蘭が向かう先は帝都だった。

 祖父が遺した言葉だけを胸に刻む。

『何かあったら、顔中蓮を頼りなさい』

 後ろは振り返らなかった。
 戻れる場所は、もうないと知っていたから。

 誕生日に家を追われるという皮肉な運命の中で、
 愛蘭はまだ知らない。

 この日が――
 一人の女性が「家族」を失い、
 一人の女性絵師が生まれる、始まりになることを。
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