【エッセイ】 日月神示 ショートショート 解説版
このエッセイは近い将来、必ず起きるであろう日月神示の原文の中で我々人類にとって最も大切な帖から引用し、我々人間が幸せに生きて行く為の道標にして欲しいと、想い分かり易く、又、天国的生活を送って頂く為の手引書として、活用して頂きたい。
さて、人類の歴史は病気、貧困、争いの繰り返しの歴史です。
これからも繰り返される事でしょう。
世界に有神論者が70%もいるのに。
それは何故でしょうか?
今回は読者の皆さんにこの事を考えて欲しいと、思います。
どしどしと感想を寄せて下さい。
『お前はアホか!』
『お前は偽善者だ!』
『お前は嘘つきだ!』とか。
私に対する批判など、大いに結構ですよ。
さあ、神の経綸の始まりです。
以上
蔵屋日唱
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蔵屋日唱
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そもそも1,792,474歳が私たちの考える1,792,470歳と=ではないかもしれないのです。
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つまり179万2470ヶ月、閏年が4年に1度あることを踏まえて、これを計算式にすると√1,792,470 ÷ 12.3333333、物理的な時間としては108年。
それほどかけ離れた年月ではなくなります。
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