木瓜の試練 ~人間五十年、生きるも死ぬも一瞬~

 織田家の家紋に用いられている、木瓜。その花言葉は“早熟”“平凡”―――。

 永禄三年(西暦一五六〇年)三月、熱田を散策する、織田“上総介”信長。
 そこで偶然再会した古くからの馴染みである“弥助”から、駿河の米商人が米を買い集めているという情報を耳にする。
 それは駿河・遠江・三河の三ヶ国を治める“海道一の弓取り”今川“治部大輔”義元が西上する兆しに違いなかった―――!!

 家督相続を巡り勃発した内紛の傷が癒えていない織田家は、一枚岩とは到底言い難い状況。
 今川勢西上の動きに籠城と抗戦で二分する家臣達。その家臣を信じきれない信長。
 果たして、信長は迫り来る強敵・今川義元とどう対峙するのか―――!?

 ◇第125回文學界新人賞 応募作品(落選)◇
 ※この作品は第125回文學界新人賞に応募した作品を一部加筆修正しています。

 <第6回歴史・時代小説大賞>にエントリーしました!
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