『くぬぎの椅子』 ―城下町の喫茶店で見ていたもの―

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喫茶くぬぎには,毎朝8時半に来る老大工がいる。

昼前に本を持ってくる,元教師の女性がいる。

夕方5時に,無口な中年男が来る。

『このまちに,湯気が立つ』で,光とじいじが「内側」で生きていた時間を,「外側」から見ていた人たちがいた。

この作品は,その人たちの話だ。

じいじのコーヒーが,どんな味だったか。
光の声が,どう変わっていったか。
じいじの手が,いつ,震え始めたか。

誰も,口にしなかった。
でも,見ていた。
毎日,見ていた。

カウンターの端に座った老大工は,じいじの手の変化に,秋に気づく。
窓際のテーブルで本を開く元教師の女性は,光の声が月ごとに戻っていくのを,聞き続ける。
右から2番目の席の無口な男は,孫娘のトレーを持つ手首が変わった日を,覚えている。

『このまちに,湯気が立つ』と同じ時間軸の上に,この作品はある。
同じ石畳を,同じ朝に,別の人間が歩いていた。
同じコーヒーの香りを,別の場所で嗅いでいた。

じいじが逝って,光が1人で店を開けるようになってから,また,それぞれが来た。

「じいじさんの味がする」と,元教師の女性は言った。
涙を,拭かなかった。

城下町の喫茶くぬぎで,人々が見ていたもの。
感じていたもの。
声にしなかったもの。

『このまちに,湯気が立つ』の,もう一つの物語。
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