「ケース」の検索結果

全体で176件見つかりました。
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ライト文芸 連載中 長編
手が,透明になった朝があった。 メガバンクの法人営業職,27歳。 数字も評価も,悪くなかった。 「女性活躍推進」のモデルケースとして,期待されていた。 それなのに,得意先への訪問準備をしながら,名刺を持つ自分の手が,そこにない気がした。 辞めると言ったとき,上司は「もったいない」と言った。 先輩女性社員は「あなたが辞めたら,後輩が困る」と言った。 誰も,わたしのことを,聞かなかった。 向かった先は,川沿いの藍染工房だった。 言葉より手が雄弁な68歳の師匠。 7年で指先まで青く染まった,距離の縮まらない先輩職人。 核心を無自覚に突く,19歳の農家の青年。 今もメガバンクにいる,東京の友人。 藍は,急かさない。 甕は,答えを出さない。 発酵は,見ていない夜にも,続いている。 浸して,酸化して,洗い流して,また浸す。 何度繰り返しても,色が定まるまでの時間は,省けない。 停滞は,敗北ではない。 前進も,義務ではない。 変化を望みながら変化できない身体が,それでも藍の匂いの中で,今夜も息をしている。 痛みを知る人が,明日を急がずにいられる物語。
大賞ポイント 9pt
文字数 48,853 最終更新日 2026.05.11 登録日 2026.04.12
ライト文芸 連載中 短編
夜の帳が下りた、東京の片隅。喧騒からは少し離れた、古いレンガ造りの建物の横に、23歳の木山タカオは立っていた。彼の隣には、小さなアンプと、開けられたギターケース。その中には、数枚の小銭と、手書きの「木山タカオ - 届く歌を求めて」というサイン。 タカオは、いつものように、どこか物憂げな表情でアコースティックギターの弦を爪弾く。彼の歌声は、夢と現実に折り合いをつけられない自分自身の、中途半端な焦りをそのまま映し出していた。 冷たい夜風が、彼のデニムジャケットの襟を揺らす。タカオは、いつか古典の授業で聞いた、その儚い歌を思い浮かべた。 “花の色は うつりにけりな いたづらに……” その一首が、彼自身の、色褪せていく日々と重なった。タカオは、自然と、その歌に自分だけの、少し寂しげなメロディーを乗せ始める。 “Hana no iro wa, utsurinikerina, itazurani……” 彼の指が、弦の上を滑る。歌声は、彼自身の心から、夜の空気へと溶け出していく。 その時だ。 演奏の途中、ひとりの女性が立ち止まる。 タカオは、彼女を見た瞬間、時間が止まったかのような錯覚に陥った。 黒髪。白い肌。しかし、何よりも彼を硬直させたのは、彼女が纏っているものだった。 現代の服ではない。それは、何重にも重ねられた、豪華絢爛な絹の衣――十二単(じゅうにひとえ)。紅、紫、金、緑……。夜の街灯の下で、その鮮やかな色彩は、まるでそこだけが平安時代の宮廷であるかのように、異様な存在感を放っていた。 彼女の瞳には、千年の時を超えて語り継がれてきたような、深い哀しみが宿っている。 タカオは、驚きと混乱でギターを弾く手が止まりそうになったが、歌を止めることはできなかった。 彼女は、じっとタカオを見つめている。彼女の瞳は、タカオの歌声の奥にある、彼自身の魂を見つめているようだった。 そして、彼女は静かに、しかし、その場の空気を一瞬にして変えるような声で、呟いた。 「……わが歌……」 その瞬間、タカオの指が完全に止まった。 千年の時を越えて、小野小町が現代に現れた。彼女自身の詠んだ歌が、“音”として、目の前の若者の声で蘇ったのだ。十二単の豪華な色彩が、夜の東京の街角で、静かに、そして圧倒的な違和感を持って、二人の運命の出会いを告げていた。
大賞ポイント 1pt
文字数 42,177 最終更新日 2026.05.07 登録日 2026.03.19
ライト文芸 完結 ショートショート
黒猫マンチカンの「ワシ」が語る、ちょっと不機嫌で、ちょっと切ない猫生の話。 ショーケース暮らし、肺炎、ひとりぼっちの留守番を経て、気づけば今は下女をアゴで使う日々。 人間に愛想を振りまけない黒猫と、不器用な下女が、少しずつ家族になっていく記録です。
大賞ポイント 1pt
文字数 3,120 最終更新日 2026.04.17 登録日 2026.04.17
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