「天皇」の検索結果
全体で133件見つかりました。
日本では、特に昭和の時代には、「悲劇のヒーロー、ヒロイン」が好まれた。
しかし、「瞽女」を語る時、必ずしもそれは正しい文脈ではない。
明治時代まで、盲人は珍しい存在ではなかった。医学が未発達で、栄養・衛生環境が悪かったからだ。
明治天皇が越後行幸の際に、沿道に盲人が多いことを嘆いて、研究資金を提供したほどである。
特に、小作人など貧しい家庭に生れた視覚障害者は、生きるすべが無かった。
「口減らし」にあうしかなかった。その中にあって、比較的裕福な家の子供が、瞽女の修行に出された。修行のためには、いわゆる今で言う「入学金・授業料」が必要だから、小作の家では難しい。
一方、男子の視覚障害児はどうか。
明治以前、当道座(とうどうざ)という、男性盲人のための自治的互助組織が存在した。 この組織に入座して、修行すれば、特権が手に入った。「検校(けんぎょう)」である。しかし、この組織とて、資金力がなければ入れなかった。
明治になり、この当道座システムが廃止され、津軽では「坊様」という人たちが増えていった。
坊様に、三味線と流行歌を伝授したのが、広域に活動した「瞽女」であったと云う。
これまで、それらの瞽女を「はなれ瞽女」「はぐれ瞽女」と言ってきたが、必ずしもそうではないだろう。
瞽女唄が元になったという「津軽じょんがら節」は、今や世界中で知られる。
三味線が津軽三味線となった瞬間に、「伝統芸能」は「ガレージ音楽」になった。“ガレージ”三味線は、スパニッシュギターがそうであったように、やがて「芸術」の域へと高まっていった。
そして、まもなく、オーケストラをバックに演奏される津軽三味線が当たり前になる時代が来ると、筆者は密かに期待している。
文字数 233,277
最終更新日 2021.08.14
登録日 2021.06.13
時は平安。
三条天皇が、後一条天皇に譲位した頃のことである。
太皇太后・藤原彰子に仕える女房たちのうち、紫式部はまだ「源氏物語」を、赤染衛門は「栄花物語」を書き続けていた。
その頃、橘綾子(たちばなのあやこ)という少女が、新たに彰子に出仕したのである。
百人一首の和歌をモチーフにした、軽いコメディです。
登場人物をもう少し詳しく説明します。
女房連中について。
主人公の橘綾子(たちばなのあやこ)の父親は橘道貞。母親が例のお人。綾子の名前は、架空です。
仲良しの藤原賢子(ふじわらのかたいこ)の父親は藤原宣孝。母親は藤式部(紫式部)後の大弐三位。
もう一人つるんでいる大江匡子(おおえのまさこ)の父親は大江匡衡。母親は赤染衛門。
綾子と賢子の指導役の、小馬命婦(こまのみょうぶ)の父親は藤原棟世。母親は清少納言。
皇太后(後の太皇太后)は、一条天皇の中宮・藤原彰子。父親は藤原道長。
一条天皇は、三条天皇に譲位しますが、三条天皇の父親は冷泉天皇で、円融天皇の息子の一条天皇とは従兄弟関係にあります。三条天皇が譲位した、後一条天皇は、一条天皇と彰子の子です。
匡子が仕える中宮(後の皇太后)は、三条天皇の中宮の藤原妍子で、彰子の妹にあたります。
左府、左大臣と名前だけ出てくるのが、彰子・妍子の父親の藤原道長。
道長を支えた「四納言」の一人が藤原公任で、その息子が綾子に恥をかかされた定頼。実は大弐三位こと、藤原賢子と関係を持ちました。それはまた後のお話。
綾子の方は、道長の五男の、藤原教通と関係を持ちます。
高階のお嬢さんというのは、後々継子の孝標女にねだられて「源氏物語」を懸命に思い出してくれる、あの継母です。これもまた後のお話。
写真は、和泉式部と言えば、貴船神社。ということで、貴船神社のそばの川です。
文字数 7,737
最終更新日 2022.05.26
登録日 2022.05.26
20XX年、日本は唐突に異世界転移してしまった。
嘗て、神武天皇を疎んだが故に、日本と邪馬台国を入れ換えた神々は、自らの信仰を守る為に勇者召喚技術を応用して、国土転移陣を完成させたのだ。
出雲大社の三男万屋三彦は、子供の頃に神々の住まう立ち入り禁止区画へ忍び込み、罰として仲間達を存在ごと、消されてしまった過去を持つ。
万屋自身は宮司の血筋故に、神々の寵愛を受けてただ一人帰ったが、その時の一部失われた記憶は、自衛官となった今も時折彼を苦しめていた。
そして、演習中の硫黄島沖で、アメリカ艦隊と武力衝突してしまった異世界の人間を、海から救助している作業の最中、自らの持つ翻訳能力に気付く。
その後、特例で通訳担当自衛官という特殊な立場を与えられた万屋は、言語学者が辞書を完成させるまで、各地を転戦する事になるのだった。
この作品はフィクションです。(以下略)
文章を読み易く修正中です。
改稿中に時系列の問題に気付きました為、その辺りも修正中です。
現在、徐々に修正しています。
本当に申し訳ありません。
不定期更新中ですが、エタる事だけは絶対にありませんので、ご安心下さい。
文字数 402,411
最終更新日 2017.10.14
登録日 2015.06.05
天皇家の皇子として育てられた千代へ転生した女子高校生と天下統一を計る殿様の子、嗣満
敵対するふたりに偶然訪れる出会いと恋の行方はいかに
文字数 1,468
最終更新日 2018.01.23
登録日 2018.01.16
本作のあらすじ:
平安の昔、六条町にある呉服問屋の女主として切り盛りしていた・有子は、四人の子供と共に、何不自由なく暮らしていた。
ある日、織物の生地を御所へ献上した折に、時の帝・冷徳天皇に誘拐されてしまい、愛しい子供たちと離れ離れになってしまった。幾度となく抗議をするも聞き届けられず、朝廷側から、店と子供たちを御所が保護する事を条件に出され、有子は泣く泣く後宮に入り帝の妻・更衣となる事を決意した。
御所では、信頼出来る御付きの女官・勾当内侍、帝の中宮・藤壺の宮と出会い、次第に、女性だらけの後宮生活に慣れて行った。ところがそのうち、中宮付きの乳母・藤小路から様々な嫌がらせを受けるなど、徐々に波乱な後宮生活を迎える事になって行く。
※ずいぶん前に書いた小説です。稚拙な文章で申し訳ございませんが、初心の頃を忘れないために修正を加えるつもりも無いことをご了承ください。
文字数 75,980
最終更新日 2020.05.24
登録日 2020.05.16
1943年のガダルカナル島での敗北と連合艦隊司令長である山本五十六の死は日本の軍部を通りこして、天皇陛下を突き動かした。陛下は直々に陸海に対して”共同して”作戦に当たるように厳命。また、ニューギニア島からの撤退もご指示なされた。これを受けて陸海軍は絶対国防圏を今一度見直し、絶対国防圏で航空決戦を画策していくことになる。
文字数 11,038
最終更新日 2025.10.26
登録日 2025.07.31
大友皇子を天智天皇の継承者とするためには、天智同母の弟である大海人皇子(オオアマノミコ=後の天武天皇)が邪魔になる。危機を察知した大海人皇子は吉野へと隠遁するが、命を狙われることは目に見えていた。
自らの地位を確実にしたい為の急先鋒、右大臣・中臣金(ナカトミノカネ)、肥え太った狼と称される老獪な政治家、左大臣・蘇我赤兄(ソガノアカエ)らを相手に、大海人皇子と正妃、鵜野皇女(ウノノヒメミコ=後の持統天皇)の二人三脚で仕掛けた戦い。
後世に壬申の乱と称されるこの戦は、強大な勢力で政を動かしてきた西国諸国の力を削ぎ、大王による親政を実現させようとするものでもあった。
徒手空拳の大海人皇子が、役小角(エンノオヅヌ)の力を借り、東国諸国を味方につけ、短期間で近江を打ち破るための戦い。調略と謀略、そして情報の速さがこの戦の勝敗を決める。大海人皇子の命を賭けた戦いが始まる。
文字数 140,318
最終更新日 2026.09.08
登録日 2026.09.07
女帝鸕野(=持統天皇)の御代のこと。
老齢の女帝の、次の天皇を誰にするのかが問題になる。
高市皇子は、異母妹の大来皇女を呼び出し、話をする。その中には、かつての大乱の敗者、大友のことがあった。
かつて、長身玉立、風華無双と称えられた大友は、漂う存在になっていた。大来皇女は、年を取らぬ大友と情を交わすようになる。
しだいに大友は生きたいと思うようになり、大来は年齢を突き付けられる。
異変に気づいた鸕野は、岡の上の宮で大后(天武天皇の正妃、倭女王)の元で共に育った僧侶、義淵を呼び出した。
ある晩義淵は、昔の岡の上の宮だった場所に庵をひらく尼君と都(藤原京)の方角から火の手が上がるのを見た。
明日香村の岡寺(龍蓋寺)の伝説を元にしたフィクションです。
文字数 68,354
最終更新日 2022.01.30
登録日 2022.01.27
【あらすじ】
鎌倉幕府末期。上野(こうずけ)新田荘の御家人・新田義貞は、後醍醐天皇や「悪党」楠木正成の起こした幕府への叛乱(元弘の乱)に対する多大な戦費の要求に反発し、幕府からの使者を斬る。
幕府は新田討伐を決意し、執権北条家の一門の桜田貞国に三万の軍を与えて出兵し、一方で義貞もこれに反抗して挙兵した。
義貞は挙兵時こそ百五十騎であったが、鎌倉へ向けて進軍するうちに、馳せ参じる将兵らを加え、七千もの兵を擁するようになった。
そして――ついに武蔵小手指原にて、入間川をはさんで、新田義貞と桜田貞国は対峙し、激突する。
【登場人物】
新田義貞:上野(こうずけ)の御家人
脇屋義助:義貞の弟にして腹心
桜田貞国:幕府執権北条家の一門
足利高氏:源氏名門・足利家当主、のちの尊氏
足利千寿王:高氏の嫡子、のちの義詮
高師直:足利家執事
紀五左衛門:足利家嫡子、千寿王(のちの足利義詮)の補佐役
楠木正成:河内の「悪党」(秩序に従わぬ者の意)
河越高重:武蔵野の名族・河越氏の当主にして、武蔵七党を率いる
大多和義勝:相模の名族・三浦氏の一門
【参考資料】
「埼玉の歴史ものがたり」(埼玉県社会科教育研究会/編)
文字数 13,311
最終更新日 2024.06.11
登録日 2024.05.31
今、国会議員による日本国憲法の改正についてのニュースをテレビなどで見るが、憲法99条には、天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。と、記載されているが、憲法96条には、この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。と記載されており、国会が発議を行うことが言われている。これは、矛盾ではないかと思い、発議はできないが、一般国民であるヤスヒロが憲法改正案を考えた。
文字数 900
最終更新日 2026.05.10
登録日 2026.05.10
時は幕末。日本を植民地にと企む欧米列強の戦艦が黒光りする大砲を陸地へ向け押し寄せていた。攘夷(異人排斥)では一致していたが、国内では体制を維持し外敵に備えるというそ佐幕派と天皇を中心とする体制を築く尊皇派が厳しい対立をしていた。
将軍家茂が上洛するためのせ先遣隊が募られ二百を超える浪士が参集したが後に新選組を結成する近藤勇や土方歳三もいた。上野国(福島)からやってきたのは中澤貞祇と男装の妹琴。史上初の女性剣士誕生である。
父の孫右衛門は法神流剣道の創始で、琴は竹刀を玩具にして育ってきた。
先遣隊は将軍の一行より一日早くし出発し、奥州街道から中山道へと移動した。道中、富士を見ながら土方は言った。
「富士は大きいが人は努力すれば富士より大きくなれる。」と。
琴はそんな土方に心を魅かれた。
京に着くと隊長の清川が皆を集めて偏列を始めいきなり切り出した。
「我々が目指すのは尊皇攘夷である。江戸に戻り徳川幕府を倒す。」
正体を表したのである。
芹沢鴨や近藤・土方などが席を蹴り退場した。
琴は土方と行動を共にしたかったが兄が動かないので自重した。入隊を誘った佐々木只三郎が言った。
「清川は江戸を火の海にするつもりだ。そうはさせん。我らが江戸を守る。京は近藤さん、土方さんに任せよう。」
夜、宿にやってきた土方が琴に言った。「必ず会える日が来る。」と。
江戸に戻った清川は資金を得るため夜中に商家に押し入り大枚をせしめたが只三郎・中澤兄妹に斬り倒され一派は壊滅した。
琴たち徳川派は江戸を守る新徴組を設立し、昼夜を問わず奮闘した。
天狗党事件など幕府から追われていた相楽総三は薩摩邸に匿われ、鹿児島から送られてくる西郷吉之助(隆盛)の指示に煽られ配下達に火付や暴行を指示していたがそれも露見し新徴組を預かる米沢藩は薩摩邸を急襲した。琴に斬られじ重傷を負った相楽は妻の命乞いで一命を取り留めた。
そうして、戊辰戦争の幕が切って落とされた。
戦いに敗れた新選組が引き上げてきて琴は土方と再開した。土方は夢を語った。
「北の大地で牛や馬を育て、琴を迎えに来る。」
江戸城は無血開城され、琴は故郷の利根村に戻ったが土方が参戦している箱館戦争は終わらない。
琴は再び旅立った。蝦夷には凶暴な獣達が牙を剥いている。
文字数 48,753
最終更新日 2024.04.04
登録日 2024.04.04
時は奈良や京都では文化が栄える平安時代、まだ武士達を利用する王侯貴族達が権威を守り、詠んでは遺した文芸の古宝。
律令制下にあっても報われない下層社会や、藤原摂関家も天皇家に喰い込んでは、その権力を道長が完全掌握する。
そんな時代に薄幸の第八皇子は文芸を通して、人々を惹き付けては懇意を受けて、美少女達に囲まれてゆくのであった。
文字数 37,437
最終更新日 2026.08.31
登録日 2026.07.01