「信州」の検索結果
全体で41件見つかりました。
【あらすじ】
薩摩藩の軍事指導を担う赤松小三郎は、信州松平上田藩を出て、広く長崎に江戸にと学び、最終的には英国将校から、英語と兵学を学び、ついには英国歩兵練法を完訳するに至った俊才である。
薩摩藩士・野津道貫の依頼を受け、薩摩藩の京都藩邸において塾を開き、中村半次郎をはじめとする薩摩藩の子弟に、兵学を教え、練兵し、薩摩藩の軍事運用面を徹底的に英式へと転換を図った。
さらに、議会政治の可能性を模索し、越前の松平春嶽に建白書を提出し、また、薩長が武力倒幕を目指しているのを知り、幕府と薩摩の融和を求めて奔走していた。
しかし一方で、その赤松の才を買って、幕府からは招聘され、故郷・上田藩からは帰国を促され、小三郎は進退窮まり、ついに懇望もだしがたく、帰郷を選ぶ。
慶応三年九月三日夕刻――帰郷を目前に控えた赤松小三郎に、薩摩藩の刺客・中村半次郎が忍び寄る。
これは――その半次郎が何故「人斬り」となったのか、それを語る物語である。
【登場人物】
赤松小三郎:英国式兵学の兵学者
中村半次郎:薩摩藩士
小松清廉:薩摩藩家老
西郷吉之助:薩摩藩士、志士
大久保一蔵:薩摩藩士、政客
桂小五郎:長州藩士、政客
大村益次郎:長州藩士、軍人
【表紙画像】
「きまぐれアフター」様より
文字数 10,892
最終更新日 2023.06.15
登録日 2023.06.10
ライトなタッチで笑いあり、バトルあり。世界初の〈アンデッド・アクション〉小説、ひっそり誕生!(そんな大げさな
不老不死のアンデッド――〈不死者〉でありながら、人間に戻る方法を探す弥勒沙弥(みろく・さや)と、その用心棒である猫又の「先生」。二人は、〈人返しの秘法〉を求めて訪れた信州のとある町で、香坂ヒカルが吸血の魔族・トミスラヴに襲われるところを救出する。
トミスラヴには逃げられ、さらにはキリスト教・魔族誅滅秘密組織〈十三階段機関〉の新米ハンター・ラファエレ明石には魔物と勘違いされる二人。
メンドゥ久世、藤内岩之助という役に立たない仲間も加え、〈人返しの秘法〉を求める旅は、思いもかけぬ「お宝」を巡ることとなり、すったもんだ!
※)6万文字あるので本当は「中編」くらいの長さですが、設定項目がないので「長編」で登録してあります。
登録日 2018.11.25
営業所での勉強会の司会をしている最中に強度の、
めまい発作で倒れて、外勤できなければ、辞めてもらう
と会社から、遠回しに言われて、上司の助けも得られず、
不本意ながら早期退職を余儀なくされて、人生の悲哀を
感じた。ちょっと前に、橫浜で一戸建ての新居を購入し、
大学に通う子供がいて、財政破綻の可能性が高い、
病気が治癒していき、その現実が襲いかかい、愕然
としたが、そこから、生きていくための、新たな
戦いの日々が始まった。その詳細については、
この小説をご覧下さい。宜しくお願いします。
なお、成り上がりには5編あり、内容は以下の通り
1:青雲編(誕生から高専卒業、優良企業就職まで)
2:営業編(新人プロパー時代)
3:信州転勤編(松本転勤で信大担当、絶好調時)
4:首都圏編(訳あり、首都圏へ転勤での騒動)
5:退職後編(働き過ぎ身体壊し早期退職後、奮闘記)
(小説家になろう、星空文庫とカクヨム、エブリスタ
ツギクルに重複投稿しています。)
文字数 20,504
最終更新日 2019.01.19
登録日 2019.01.16
文字数 5,242
最終更新日 2023.11.14
登録日 2023.11.14
【タイトル】
黄昏の踏切で、透明な傘をたたむ
【内容紹介】
五十六歳の結大は、かつて全国を走っていた元長距離バス運転士。今は東埼玉市の古い分館で夜間管理をしている。閉館準備の夜、倉庫の奥から、二十年前に解散した移動読書車「休符号」の備品箱が見つかる。中には、こたつ布団、透明な傘、あやとりの紐、古いペアルックのジャンパー、そして最後の章だけが抜けたペーパーバック『私だけのあなた』が入っていた。
そこへ現れたのは、五十四歳になった亜由美。彼女は昔から小説を書き続けてきた女性で、締切まであと十四日に迫った文学賞へ、どうしても未完の物語を出したいと願っている。抜けた最終章の手がかりは、群馬の修理店、信州の宿、北陸の郵便記録、瀬戸内沿岸の放送室、そして岡山県北部の「黄昏の踏切」に散らばっていた。
二十年前、結大は熱を出した子どもを診療所へ運ぶために走行予定を変え、その夜の説明会に遅れた。支援金は止まり、休符号は解散した。自分が仲間の居場所を奪ったと思い込んだ結大は、亜由美にも事情を話さず姿を消した。
再び走り出した二代目休符号には、毒舌の修理人カムイ、信州の宿を守る冴乃、手紙を二十年しまい続けた航資、破れた本を綴じ直す満星、人の沈黙を文章にできる結以花、世話好きな直仁が加わっていく。こたつとみかん、ペアルック、あやとり、ノンアルコールの乾杯。笑いながら古い紙片を集める旅の先で、結大は自分が避け続けた感謝と、亜由美が言えなかった「好きすぎて嫌い」に向き合っていく。
文字数 155,429
最終更新日 2026.07.15
登録日 2026.06.22
【第12回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞】
幕末の信州上田藩。藩主は時の老中・松平忠固。
その家中の下級藩士・芦田家に、柔太郎と清次郎の兄弟が居た。
兄・柔太郎は儒学を学ぶため昌平黌《しょうへいこう》へ、弟・清次郎は数学を学ぶため瑪得瑪弟加塾《まてまてかじゅく》へ、それぞれ江戸遊学をした。
嘉永6年(1853年)、兄弟は十日の休暇をとって、浦賀まで「黒船の大きさを測定する」ための旅に向かう。
品川宿で待ち合わせをした兄弟であったが、弟・清次郎は約束の時間までにはやってこなかった。
時は経ち――。
兄・柔太郎は学問を終えて帰郷し、藩校で教鞭を執るようになった。
遅れて一時帰郷した清次郎だったが、藩命による出仕を拒み、遊学の延長を望んでいた。
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幕末期の兵学者・赤松小三郎先生と、その実兄で教育者の芦田柔太郎のお話。
※この作品は史実を元にしたフィクションです。
※時系列・人物の性格などは、史実と違う部分があります。
【ゆっくりのんびり更新中】
文字数 123,131
最終更新日 2026.09.20
登録日 2023.05.31
昭和初期。信州富士見町に住む少女網倉ツタキは地元でも知名度の高いかき餅屋『かき餅あみくら』の看板娘。父がなく、歳の離れた双子の兄を亡くしたばかりのツタキは母と年子の兄弟二人と四人で貧しく暮らしていた。ある日ツタキの家の近くには、京都から一人の青年が越してきた。青年の名は瀬戸内修。ピアノとバレエがとても上手い御曹司で、京都にある『フィレンツ瀬戸内』という世界的にも有名な洋菓子店の息子でとても裕福だった。修は親友である小河原勉の母親が結核にかかり、富士見町の療養施設に来たことを機に、母とともにこの土地に来た親友を追って、悲しむ彼を支えるために来ていた。そんななんの接点もなかった二人が出会い、戦前〜終戦の年までを生きる一応恋愛物語のシリーズの中の第一作目。作品は全5部作。
若い男性看護師により、地縛霊は地縛からとけることができるのか?果たして建物の解体とともに、空気の泡として黄泉に旅立つこともできずに消滅してしまうのかという物語です。
文字数 137,037
最終更新日 2022.06.01
登録日 2022.06.01
信濃の小さな国衆(豪族)に過ぎない真田家は、甲斐の一大勢力・武田家の庇護のもと、どうにかこうにか生きていた。
……のだが、頼りの武田家が滅亡した!
家名存続のため、真田家当主・昌幸が選んだのは、なんと武田家を滅ぼした織田信長への従属!
ところがところが、速攻で本能寺の変が発生、織田信長は死亡してしまう。
こちらの選択によっては、真田家は――そして信州・甲州・上州の諸家は――あっという間に滅亡しかねない。
そして信之自身、最近出来たばかりの親友と槍を合わせることになる可能性が出てきた。
16歳の少年はこの連続ピンチを無事に乗り越えられるのか?
文字数 137,992
最終更新日 2020.06.25
登録日 2015.05.29
彦根藩井伊家の藩士五名に、一年前父の首を落とされ斬殺された鷹木豪介は、報復を誓っていた。
まず江戸井伊家藩邸下屋敷詰め大槻主水の後をつけ、死闘の末に斬り首を落とした。あと四名である。
全て首を落とすまでやめない。すでに姓名も居場所も全て調べ上げている。四人は井伊家江戸上屋敷、中屋敷、下屋敷かのいずれかにいる。必ず四人の首を挙げて父の恨みを晴らす。
五人に共通しているのは、北辰一刀流伝馬道場の高弟であることだった。いずれ凄まじい反撃が始まる。
それでも一人づつ斃して行くのだ。同じ井伊家の連れがいたらそれもやる。。それが豪介のやり方だった。
結果十人以上斬ることになるだろう。それは彦根藩三十五万石と一戦交えることを意味している。
信州上田藩の江戸屋敷勘定方を、高齢で退き余生を上田で過ごそうとしていた矢先であった。
豪介は父の後を継がず、浪人となった。父の仇を討つためである。
豪介には人に言えない秘密があった。知っているのは、恋人八重だけである。
そちらが彼の本業である。料理を一口、口にするだけでその料理の素材が全て分かる他人には真似のできない稀有な才能を持っていた。依頼は八重が持ってきた。それだけで生活して行くのに不自由ない金を得た。
まずい料理も簡単に極上の料理にする、それが豪介の生きがいでもあった。
今にも潰れそうな不味い料理をだす店を、客が行列を作る店にすることができる。これ以上のことはない!
すでに、そうした店が江戸市中に五十店以上もある。
八重にとってはそれが自慢の種だった。
彼女は井伊家と豪介のいきさつを全く知らない。いずれ彼と所帯を持つのが夢だった。
江戸の今にも潰れそうな店にとって、豪介はまさに救いの菩薩、味菩薩だった。
一年後には豪介は刀を捨て、故郷上田へ戻って町人になるつもりだつた。八重も大賛成だった。
だが、大藩井伊家の名にかけて、強力な豪介包囲網の網がジリジリと彼を押し包んで行く。
文字数 3,955
最終更新日 2020.05.21
登録日 2020.05.21
永禄四(1561)年、謙信は武田信玄との勝負の決着を着けるため、一万三千の兵を率い、信州川中島へと向かっている。その行軍の中で謙信はそれまでの自分の人生を振り返る。天文五(1536)年、父の長尾為景が隠居し、兄の晴景が家督を継ぎ、虎千代(少年時代の謙信)は林泉寺に預けられる。住職の天室光育の下で精神修養や学問に励む虎千代であったが、子供の頃から一本気で正義感の強い性格であった。そして、仏教の教えを学び非常に信仰心の篤い性格となってゆく。天文十一(1542)年、虎千代が12歳の時に父が亡くなる。しかし、晴景は国主としての器量に乏しいという評判であった。元服し、長尾景虎と名乗った虎千代は、十五歳で初陣を飾り、勝利を重ね、景虎十九歳の時に晴景は隠居し、景虎が国主となる。だが、果たしてそれは景虎の本意であったか?天文二十一(1552)年、景虎23歳の時、関東管領上杉憲政が相模の北条氏に追われ、景虎を頼って三国峠を越え、越後に落ち延びて来る。景虎は持ち前の義俠心から、北条氏と戦い、憲政の権威を取り戻す決意をする。又、その年の暮れから翌年にかけて、信濃の諸豪族が甲斐の武田晴信に追われ、景虎を頼って越後に逃げ延びて来る。そこでやはり景虎は武田とも戦って信濃の諸豪族達が失った土地を取り戻す決心をする。天文二十二(1553)年第一次川中島の戦い。長尾と武田は川中島に出陣するが、お互いの実力を測りかね、全面的な衝突は無く、双方引き上げる。しかし景虎は武田の強さを知る。その年の9月、景虎は二千の兵を率いて上洛し、朝廷や将軍家に贈り物をするが、将軍には会えず帰国する。弘治元(1555)年第二次川中島の戦い。両軍は犀川を挟んで睨み合いとなり、対陣は数ヶ月に及ぶ。結局今川義元の調停により和睦し、双方引き上げる。弘治二(1556)年。景虎二十七歳。全てが嫌になった景虎は、家出して僧侶になろうとするが、皆に引き止められる。弘治三(1557)年、第三次川中島の戦い。景虎は晴信の所在が掴めず、徒労に終わる。四月、二度目の上洛をし、関白近衛前嗣と意気投合する。永禄四(1561)年。関東諸将と共に小田原城を包囲した後、鎌倉で関東管領に就任し、上杉政虎と名乗る。ここで、筆者が謙信について思う事をつらつらと述べる。第四次川中島の戦い。川中島南方の妻女山に布陣した政虎は、武田方の水煙が多いのに気づき、武田が動くことを確信。その裏をかいて、八幡原の武田軍へ奇襲をかける。激戦の中、政虎は信玄らしき者に一騎討ちをしかけるが討ち漏らす。その後月日は流れ、天正六(1578)、謙信は自分の後継者を決めないまま四十九歳で脳溢血で亡くなる。この物語の文章は、謙信の独白と筆者の解説のようなツッコミのような文の繰り返しで進む。タイトルに坊っちゃんとあるのは夏目漱石の坊っちゃんから取ったのだが、内容は似て非なるものとなった。
文字数 19,776
最終更新日 2026.05.06
登録日 2026.05.06
あたくし岩は、口入屋の蓬莱屋たんの口利きであちこちのお店やお屋敷を渡り歩く下女でごだいます。還暦を越えて独り身、好奇心旺盛、お芝居を観るのが一番の愉しみでごだいます。前歯が二本ないものですから、自分では「さ」と申しているのですが、皆たまには浅草が「あたくた」、座長が「だちょう」と聞こえてしまい、申し訳ごだいません。
第一話「玉三郎様(たまたぶろうたま)」
待ちに待ったお芝居の初日。お目当てのたまたぶろうたまがご病気で休演。幕間に食べるつもりのおにぎりを食べ、土砂降りの中を帰りますと、見知らぬ若い男が上がり込んでいたのでごだいます。秀次と名乗り、追われているので匿って欲しいという聞き憶えのある声。その人は、たまたぶろうたまだったのでごだいます。
その日から、その人を秀たんと呼んで、着替えの古着を借り、総菜を二人前買い、一緒にけんちん汁を作るなど、一つ屋根の下で夢のような時を過ごしたのでごだいます。
遊び人の金次こと金たんから、たまたぶろうたまを巡る引き抜き騒動があると聞きました。勝手に年間の公演を組む江戸三座に、たまたぶろうたまは不信を抱き、そこに養い親の柳太郎たんも荷担していると誤解していました。
実は柳太郎たんは、暗躍する尾張の座元から、たまたぶろうたまを守ろうとしたのです。
あたくしは、舞台に戻るよう、こう申し上げたのでごだいます。
「お芝居も人生も幕間が大事」と。
第二話「故郷は佐久(ふるたとはたく)」
次にご紹介いただいたのは日本橋の履物問屋「信州屋」の下女のお仕事でごだいました。
信州屋たんご夫婦には跡継ぎがなく、近く店を畳んで故郷に帰るとか。お江戸は楽園でごだいます、こんなに楽しいお江戸をどうして離れるのでしょう。
ところが、よくよくお話を聞きますと、故郷に帰ってどうするのか何も決まっておらず、奥たまのお気持ちさえ確かめていないのでごだいます。
古着屋で身の回りの物の処分をなたった奥たまをこっそり尾行しますと、奥たまは初老の男と向島の庵に消えました。不貞の香りでごだいます。その晩、奥たまは旦那たまに、故郷には帰らない、江戸に残りたいと伝え、閉店の日の晩、奥たまは家を出ました。
そこに事件です。盗賊に土蔵が破られ無一文に。抜け殻のような旦那たまと、心配して駆けつけた奥たまに、土蔵でみつけた古びた布袋をお見せ致しました。袋の中身は、初めての薮入りの日に行った増上寺の境内の玉砂利でした。お二人の宝物なのでごだいます。きっと、やり直せるはずでごだいます。
文字数 61,963
最終更新日 2020.05.23
登録日 2020.05.23