藤宮かすみ

【月影に散る】 幕末の京を舞台に、剣豪・高瀬左門の復讐と再生を描く人間譚。師の仇を討つため五年の歳月を費やした左門は、宿敵を倒した瞬間、心に虚しさだけが残る。復讐の先に見えたのは、剣の本質を問い直す旅だった。幼なじみの琴乃の献身的な支え、同門の俊介との再会、そして師が遺した「人を生かす剣」の教えを通し、左門は殺戮の因縁から脱し、守る者の道へと歩み出す。宿敵の息子との邂逅や自らの過ちと向き合う過程で、剣に込める意味が「憎しみ」から「慈しみ」へと昇華していく――。 【女中お鈴の密書】 寛政期の江戸城大奥を舞台にした女密偵の暗躍を描く時代小説。表向きは下働き女中ながら、将軍側近・松平定信の命を受け謀反の芽を摘む「お鈴」の二重生活と葛藤を、緊迫の潜入劇と人間ドラマで綴る。 【小判の恩返し】 「自分が受けた恩を、いつか誰かに返せますか？」 飢饉の雪原で交わされた小さな善意が、時を超えて実る様は、現代の読者にも「人を信じる勇気」を与える。江戸の厳しい世情の中に光る、希望の物語。 【守り抜いた誇り】 戦国時代の山砦を舞台に、24歳の女性武将・於雪が、五十の兵で五百の敵軍に挑む歴史戦記短編。姫武者と呼ばれる彼女は、雨と敵の油断を武器に、夜の奇襲で糧秣庫を焼き、混乱を誘う作戦を決行。冷静な判断と覚悟で村を守り抜くが、勝利の裏には犠牲と泥臭い現実が。於雪の葛藤と村人たちの笑顔が響き合う、勇気と人間ドラマの物語。 【刀より鋭き心意気】 江戸・深川の茶屋「葉の月」を舞台に、浪人の息子・市吉こと美濃原市之丞が父の仇を追う復讐劇。父を不正で死に追いやった商家の主人・新兵衛に近づくため、市吉は茶屋で働きながら信頼を獲得。帳簿整理を任され、新兵衛の不正の証拠を着実に集める。父の遺言「法で裁け」を守り、刀ではなく知恵で復讐を果たす市之丞の静かな決意と義が光る、緊迫感あふれる時代小説。

【窓辺のスケッチ】 記憶を失っても消えない親子の絆を描いた物語です。アルツハイマー病で記憶を失った元画家の父と、疎遠だった娘・沙織が、絵を通じて再び心を通わせていく様子を、繊細なタッチで描いています。 父・英二は娘の顔を認識できなくなっても、心の奥底に残った愛情を絵として表現し続けました。沙織は父のスケッチを通して、自分が常に父の心の中に生き続けていたことを知ります。そして、失われた時間を取り戻すように、今度は沙織が父に絵を教える――記憶は消えても、愛情は形を変えて存在し続けるという、ヒューマンドラマです。 本作は、認知症という現代社会の問題を抱えながらも、芸術を通じて心のつながりを保つことの大切さを静かに語りかけています。 【三月のリレー】 定年を迎える中学校教師・真鍋誠が、最後の仕事として取り組む卒業記念マラソン大会の物語です。厳格なキャプテン佐々木遼と、怪我の恐怖に苦しむ新入部員小林茜。二人の成長を見守りながら、真鍋自身も教師としての最後の日々を振り返ります。バトンをつなぐように、人の想いもまたつながっていく—。教育の真髄と世代を超えた絆を描いた感動の物語です。 【隣の夜明け】 東京の出版社を辞めて山間の町に移り住んだ34歳の独身女性・直美と、隣人である80歳近い老婦人・梅子との交流を描いたヒューマンドラマです。 都会の喧騒と人間関係の希薄さに疲れ、「自分を変えたい」という思いで移住してきた直美。しかし理想と現実のギャップに戸惑い、孤独を深めていきます。一方、厳しい態度で直美に接する梅子には、東京での青春と喪失の記憶がありました。 二人の関係が変わるきっかけは、梅子の入院でした。直美の献身的な看病を通じて心の距離が縮まり、やがて年齢を超えた友情が芽生えます。焚き火を囲み、それぞれの過去を象徴するものを燃やすシーンは、二人の新たな出発を象徴しています。 本作は、「どこで生きるか」よりも「誰と生きるか」が大切だというメッセージを、美しい自然描写と繊細な心理描写を通して伝えています。都会と地方という対比の中で、人と人とのつながりの深さが真の豊かさであることを静かに語りかける物語です。