現代文学 小説一覧
201
『夫はやってないと、妻は言えるか』
満員電車の匂いがする
鉄と汗と、知らない誰かの体温
その中で
あなたは、何をしていたの
――やってない
その一言が
どうしてこんなに重たいのだろう
警察署の廊下は冷たくて
床の光がやけに白い
あなたはガラス越しに
指先を動かすだけで
何も触れられない
「信じてくれ」
わたしは、うなずく代わりに
唇を噛んだ
信じたい
でも
世界はもう、あなたを
“やった人”として扱っている
ニュースにもならない罪が
静かに、生活を壊していく
洗濯物を干すとき
隣の窓が閉まる音
スーパーで
会釈が返ってこないこと
それだけで
胸の奥がざらざらする
――本当に?
その言葉が
何度も喉まで上がって
何度も、飲み込まれる
あなたのシャツには
柔軟剤の匂いしか残っていない
指紋も、証拠も、見えないのに
疑いだけは
こんなにも、はっきりしている
ねえ
わたしは、あなたの妻だけど
あなたの“その瞬間”を
見ていたわけじゃない
だから
「やってない」と
言い切ることができない
それでも
あなたが
壊れていくのを見ている
目を合わせられなくなることも
電車に乗れなくなることも
夜中に、息を殺して泣いていることも
それは、知っている
だから
わたしは
「やってない」とは言えない
でも
「あなたは、やった人だ」とも
言わない
そのあいだに立って
ぐらぐらと揺れながら
それでも、倒れないように
あなたの隣に立つ
それが
わたしにできる
たった一つの証明だから
朝
人の少ないホームで
あなたは、震える手で
吊革を持つ
その背中に
わたしは言う
「いってらっしゃい」
信じる、の代わりに
生きる、を選ぶように
今日も、わたしは
あなたの妻でいる
文字数 20,679
最終更新日 2026.03.20
登録日 2026.03.20
202
『臨月の私に離婚届を送ってきた単身赴任中の夫へ』
臨月の腹を抱えた私に
あなたは愛ではなく
紙を送ってきた
白い封筒
薄くて
軽くて
けれど
八ヶ月分の孤独より
ずっと重かった
離婚届
まるで事務処理みたいな声で
あなたは言ったね
財産分与もする
慰謝料も払う
養育費も払う
だから書いて出してくれ
だから、だって
その「だから」に
あなたのすべてが詰まっていた
泣くと思った?
取り乱すと思った?
許しを乞うと思った?
残念
私はもう
あなたが誰と眠り
どこに金を隠し
どんな嘘で私を処理しようとしたのか
とっくに知っている
深夜に切られた通話も
減っていった生活費も
やけに丁寧になった言い訳も
ぜんぶ
証拠になった
あなたは知らなかったね
母になる女は
弱くなるんじゃない
もう
守るものを決めてしまった人間になるんだよ
だから私は言った
はい、喜んで
その一言は
服従じゃない
終わりの合図でもない
反撃の
口火だった
あなたはきっと
安心しただろうね
やっぱりこいつは従うって
泣いても最後は俺にすがるって
違うよ
私が差し出したのは
別れの紙じゃない
あなたが見落とした
私の時間
私の痛み
私の尊厳
その全部の請求書だ
あなたが捨てたつもりでいたものは
ゴミなんかじゃなかった
息をしていた
耐えていた
調べていた
待っていた
私と
この子の未来を守るために
あなたが凍りつく顔を見ても
もう
胸は痛まなかった
遅いんだよ
私が本当に凍えたのは
夜中にひとりで胎動を数えたとき
破水が怖くて眠れなかったとき
それでもあなたが
別の女に「もうすぐ片づく」と送っていた
あの瞬間のほうだった
だから今さら
震えるのは
私じゃない
泣くのも
私じゃない
私は産む
終わった愛じゃない
始まる命を
私は書く
離婚届じゃない
取り戻すための名前を
私は生きる
捨てられた妻としてじゃない
選び直した母として
聞こえる?
あなたが切り捨てたと思った人生は
ここでちゃんと
息を吹き返している
はい、喜んで
その言葉のほんとうの意味を
あなたはたぶん
一生かかっても知らない
文字数 26,287
最終更新日 2026.03.20
登録日 2026.03.20
203
「完全分離のはずでしたが、義妹が毎日子供を置いていきます」
玄関は、別
鍵も、別
水の音も、食卓の匂いも
交わらないはずの設計図
けれど朝になると
境界線はやわらかくなる
ピンポンは鳴らない
ノックもない
ただ、開く音だけがして
小さな靴が、こちら側に増える
「ちょっとだけ」
その言葉は
日付のない約束みたいに
毎日を連れてくる
机の上の仕事は
途中で息を止める
画面の向こうの誰かに
謝る回数だけ、私が減っていく
完全分離、という言葉を
何度も口の中で転がしてみる
角ばっていたはずの意味は
いつのまにか丸くなって
どこへでも転がっていく
「家族でしょ」
そう言われるたび
私の輪郭が、少しずつ薄くなる
ドアは、閉めている
鍵も、かけている
それでも毎日
こちら側に置かれていくものがある
子供と
時間と
名前のない役割
境界線は、見えない
けれど確かに
踏み越えられている
私は今日も
その線をなぞり直す
消えないように
消されないように
自分のために
文字数 25,870
最終更新日 2026.03.20
登録日 2026.03.20
204
205
208
短編小説『鉛色の海、三秒間の王冠』
地方都市の閉塞感と、その中でひりつくような孤独を抱えた魂が触れ合う瞬間、そして時を経て剥がれ落ちる「記憶の瘡蓋(かさぶた)」のような質感を全五章の連作短編のような構成で、糸島の風と、三十年後の渇きを描き出します。
短編小説『ジャンク・レクイエム、あるいは返品の聖母(ハードオフ永田さん)』
地方都市の乾いた空気感と、家族ゆえの容赦のなさ、そして中年男性の「誰にも理解されない小さな情熱」がひりつくような物語を構成しました。
文字数 7,517
最終更新日 2026.03.19
登録日 2026.03.18
210
遅いですわ
名前のない日々に
最初から名札はついていなかった
白い壁と、少し古い匂い
誰かの泣き声が夜を均す
あれはたぶん、わたしだった
捨てられた理由を
大人は優しい言葉に言い換えるけれど
言葉はいつも
事実より少しだけ臆病だ
だからわたしは
事実の側に立つことにした
条文は嘘をつかない
少なくとも、人よりは
守られるべきものが
守られないまま放置されるなら
それは不運ではなく
構造だと知った日から
わたしは泣くことをやめた
代わりに
書くことと、読むことと、戦うことを覚えた
正しさは、ときに刃物だ
それでも持たなければ
誰かの喉元に当てられるのは
いつだって弱い側だから
拍手の音は
意外と軽い
総理、という呼び名も
紙一枚の重さしかない
ただ
積み重ねた夜だけが
わたしの体温に似ている
——あの日、
あなたたちはわたしを置いていった
理由は知っている
今なら、理解もできる
理解できてしまうことが
こんなにも冷たいとは思わなかった
「家族になりましょう」
遅れて差し出されたその手は
正しく整えられていて
非の打ちどころもなく
だからこそ
どこにも触れなかった
わたしはもう
待っていない
あの夜に置き去りにしたものは
あなたたちだけではなくて
わたしの中の
小さな祈りでもあったから
今頃引き取りに来ても
遅いですわ
これは勝利ではない
ただの時間の結果だ
それでも
この国のどこかで
名札を持たない子どもが
名前を呼ばれる日が来るなら
わたしは
もう少しだけ
ここに立っていようと思う
静かな場所で
誰にも聞こえない声で
「大丈夫」と言えるように
文字数 54,435
最終更新日 2026.03.19
登録日 2026.03.19
211
熟年離婚~37年目の逆襲~
気がつけば
名前より先に
「お金」と呼ばれていた気がする
朝も 夜も
黙って働き
通帳の数字だけが
生きてきた証だった
ありがとう、は
一度も聞かなかった
ただ
足りない、と
ため息だけが増えていった
三十七年
長かったのか
短かったのか
わからないまま
気づけば
心だけが置き去りになっていた
ある日
ふと聞かれた
「あなた、自分の人生を生きてる?」
その言葉が
胸の奥で
ずっと凍っていた何かを
静かに溶かした
遅すぎると
誰かが笑うかもしれない
でも
遅いことと
間違っていることは
同じじゃない
はじめて
自分のために使った
小さな一杯のコーヒーは
涙の味がした
それでも
確かに
自由の味がした
もう
誰かのための人生は終わりだ
通帳ではなく
心で生きると決めた日
私は
初めて
自分の名前を取り戻した
文字数 43,609
最終更新日 2026.03.19
登録日 2026.03.19
212
「令嬢は微笑みながらすべてを終わらせる」
静かな朝、光はレースのように差し込み
磨かれた床に、影をやさしく落とす
ここは、わたくしの城
けれどその日、鍵の音は礼を欠いていた
「家族でしょう?」
その一言が、空気を濁らせる
香っていた紅茶は、いつしか冷え
言葉は刃となり、微笑みの奥をかすめる
けれど――
令嬢は叫ばない
涙で勝とうとはしない
ただ静かに、すべてを整える
執事は時を測り
メイドは記録を整え
医師は痛みを言葉に変え
弁護士は真実に輪郭を与える
見えなかったものが、形を持ち
曖昧だった日々が、証明へと変わる
「家族でしょう?」
その問いに、もう揺れはない
微笑みは、武器となる
沈黙は、刃よりも鋭く
品位とは、声を荒げぬ強さ
そしてその日
扉は再び、正しく閉じられる
余計な足音は消え
空気は澄み
紅茶は、ふたたび香る
令嬢は、ただ微笑む
――すべては、終わったのだから
文字数 22,628
最終更新日 2026.03.19
登録日 2026.03.18
213
214
この物語は新聞社の事件記者として第一線で活躍し様々なスクープを記事にしていた主人公が突然の人事異動で窓際部署に異動となった。
新たな異動先の遊軍は社内の中でいわば人材の墓場と言われている部署である。
しかしこの遊軍という部署は、
様々な出来事を通じて問題提起を記事にして、新たな視点からを重点をおいて
読者に問いかけて考えていく。
そこには人々の心や感情
そして背景や過程を通じて
まさしく迷宮の様に彷徨っているのである。
脚本形式で記載していきます。
あらかじめご了承下さい。
文字数 374,182
最終更新日 2026.03.18
登録日 2023.12.11
215
この作品は、異世界で賢者として生きながら世界平和を実現できないまま死んだ主人公が、現代日本に転生するところから始まる。彼は転生後、この世界には魔法やスキルが存在しないことに驚くが、自分にはかすかな回復能力と、人の意思を操る「洗脳スキル」が残っていることに気づく。前世で平和を実現できなかった後悔から、彼は「争いの根源は人の意思そのものにある」と考え、人々の心を変えることで世界平和を実現しようと決意する。
主人公は子供時代から社会の仕組みを研究し、最も効率よく人々を導ける組織として宗教法人に目をつける。やがて巨大宗教団体に潜り込み、信者を回復能力で癒しながら洗脳し、若くして教団の頂点に立つ。さらに政治家や各国の要人を治療し信頼を獲得しながら、密かに洗脳を広げていく。教団は金銭を集める組織ではなく、祈りによる共同体へと変わり、その祈りは主人公の能力をさらに強化する力となる。こうして彼は宗教、政治、国際社会の裏側から世界を実質的に支配する存在となる。
その結果、争いは減り、人々は互いに助け合い、社会は安定し平和な世界が実現する。しかし洗脳は死ぬまで解けず、人々の自由意志は事実上失われていた。周囲には狂信的な支持者しか残らず、主人公はふと「これは本当に平和なのか」と疑問を抱く。だが、もはや世界は彼の作った秩序に覆われており、彼は半ば諦めのようにその平和を受け入れるのであった。
文字数 4,369
最終更新日 2026.03.18
登録日 2026.03.18
216
ロサンゼルスに存在する民間軍事会社「GARDE《ガルデ》」は、表向きは「要人警護」のガードマンの派遣会社であるが、裏ではCIAの下請けとして「国際問題解決」に動く「政府ご用達の傭兵集団」である。
日本で誕生した初の女性総理大臣「高石香苗」の「日本人ファースト」の政策は、それまでの「親中派」、「親半島派」の左派野党だけでなく、自民党内での左派議員にも強い影響を与えた。
国会内での「台湾有事」に対する発言から、「高石政権」に危険を感じた「中国政府」は多種多様な揺さぶりをかけるが、動じることのない「女首相」に業を煮やした中国政府は「刺客」を送り込む。
「軍事用品国際展示会」の視察に訪れた「高石首相」に中国の工作により「刺客」となったイスラエル特殊部隊「メツトァダ」特務員が首相襲撃の準備に入る。
事前に三沢基地の「ファイブアイズ」の通信傍受システムのエシュロン情報より暗殺計画をつかんでいた国際展示会に潜り込んでいた「GARDE」のエージェントの「羽藤蘭」と「ギャリソン戸田」の活躍により暗殺作戦を防ぐために民間会社の技術者を装い、首相のSP達に同行する。
イスラエル企業ブースで急襲され、SP隊は載田歩智を残し全滅する。ギャリソンが応戦し、蘭は載田を連れ、高石を逃がすが短機関銃を持つ工作員に追いつめられる。
あっさりとやられてしまった載田の次に銃口を向けられた「蘭」の前に「日本国民を守るのは私の使命や!だれ一人テロリストの手にはかけさせへん!」叫び高石は蘭を庇う。
高石の背後から蘭は飛び出し工作員を射殺する。
蘭は国民を思いやる高石の心意気に感動し、首相直属の特殊部隊で「GARDE」を使う事を提案し、「内閣総理大臣直属国家安全保障局特務情報部外事課」の特殊機関として受け入れられる。
死んだと思っていた載田は臆病な性格故に身に着けていた「軍用フル装備ボディーアーマー」で助かっていた。
「GARDE」入りを望む載田は「ポチ」と名付けられ、蘭の仲間となる。
その後、西側諸国から「国際問題解決」への「国際協力」を要請される「高石政権」の「裏情報機関」として「GARDE」は動き出す。
日本国内問題だけでなく、国際的な事件にも高石の命により蘭のチームは世界中を飛び回り「チャイルドマーケット・人身売買」、「一帯一路による国際侵略」、「薬物汚染問題」、「武器商人」、「国際サイバーテロ」等の問題を「ガード(G)」、「アタック(A)」、「リサーチ(R)」、「デストロイ(D)」、「エスケイプ(E)」の特技を持つ特徴あるメンバーの技能を活かし、事件を解決していく「爽快ハードボイルドストーリー」(にする予定です(笑)!)。
(⋈◍>◡<◍)。✧💖
文字数 200,433
最終更新日 2026.03.18
登録日 2026.01.09
217
『離婚して7年後、再婚を報告したら元夫が「俺が捨てたゴミを誰が拾うんだ?」と言ってきた。新しい夫が名刺を差し出した瞬間、元夫は凍りついた』
カップの底に残った苦いコーヒーを
ゆっくり飲み干したのは、
あの日の続きを、やっと終わらせるためだった。
「久しぶり」
その声は、昔よりも軽くて、
けれど同じ場所に突き刺さる。
「再婚するんだって?」
「……うん」
指先が少しだけ冷たい。
けれど、もう震えはしなかった。
「誰が拾ったんだよ」
笑いながら言う。
昔と同じ顔で。
「俺が捨てたゴミをさ」
その言葉は、
一度死んだはずの痛みを
ほんの少しだけ揺らした。
だけど、
胸の奥に落ちた音は、
昔みたいに割れなかった。
ただ、静かに沈んだ。
――ああ、まだこの人は、ここにいる。
七年前のまま、
同じ場所で止まっている。
私は、違うのに。
カップを置く音が、小さく響く。
それが合図みたいに、
隣にいた人が、
ゆっくりと名刺を差し出した。
「その言葉、訂正していただけますか」
低くもなく、高くもない声。
ただ、まっすぐで、
逃げ場のない音だった。
白い紙が、
テーブルの上に置かれる。
たったそれだけのことなのに、
空気が変わる。
温度が、一度下がる。
呼吸の仕方を、
忘れたみたいに、
沈黙が落ちる。
元夫の視線が、
紙の上を滑って、止まる。
その瞬間、
何かが壊れる音がした。
それはきっと、
プライドとか、
思い込みとか、
「自分が上だ」という
見えない骨組みみたいなもの。
「……は?」
掠れた声が、
やっと出てくる。
でももう遅い。
七年は、
ちゃんと流れていた。
私は、
あの場所に置き去りにされていない。
拾われたわけでもない。
救われたわけでもない。
ただ、
歩いてきただけだ。
自分の足で、
ゆっくりと、
何度も立ち止まりながら。
「ゴミじゃないですよ」
隣の人が、静かに言う。
「最初から」
その言葉に、
胸の奥の、
ずっと固まっていた何かが、
やっとほどける。
あの日、捨てられたのは、
私じゃない。
価値でもない。
ただひとつ、
誰かを正しく見ることのできなかった、
その視線だった。
私は、
それを拾わなかった。
だから今、ここにいる。
名前を呼ばれて、
当たり前に、
隣に座っている。
それだけでいいと、
思える場所に。
文字数 20,858
最終更新日 2026.03.18
登録日 2026.03.18
218
219
222
ぱぱのおてては、おっきくって、あったかくって、だいすき。
でも、ぱぱはなんでいつもかなしそうなんだろう?
ぼくが、
しゃべれないのが、わるいのかな?
ごめんね、ぱぱ。
だいすきだよ、ぱぱ。
きょうも、ぎゅって、してね。
文字数 10,711
最終更新日 2026.03.17
登録日 2025.12.25
223
224
225
【単話完結】
秋になると少しずつ葉が紅色に染まっていく楓の木を、毎日のように見に行ってしまう人のお話です。
身近にある1本の木から、秋の終わりを感じ取る。そんな楽しみを描きたいと思います。
文字数 1,018
最終更新日 2026.03.17
登録日 2026.03.17
227
228
この物語は、「家族を嫌うための話」でも、「親を断罪するための話」でもありません。
自分の声が、家族の中で少しずつ消えていった。
そんな経験を持つ人にだけ届いてほしい、静かな記録です。
「今日、帰り少し遅くなるかも」
そう言ったはずの言葉が、
返事のないまま消えていく。
怒鳴られたわけでも、否定されたわけでもない。
ただ、なかったことになる。
この家では、
自分の意見がどこへ行くのか分からなくなる。
主人公は、実家で暮らす大人の女性です。
反抗期らしい反抗もせず、
「いい子」のまま年を重ねてきました。
ある日、「家を出たい」と口にしたことで、
家の空気が変わります。
母は三十分だけ姿を消し、
何事もなかったように戻ってきた。
見捨てられたわけじゃない。
でも、「いなくなることはできる」と知ってしまった。
怒鳴られるよりも静かで、無視されるよりも重い、空白の時間。
その感覚が、胸の奥に残ります。
街の路地にある、少し不思議な店。
名前は「忘れ物屋」。
そこには、
言えなかった怒りや、
飲み込んだ言葉、
役割として背負ってきたものが、
“物”の形で置かれています。
重たい鍵束。
サイズの合わない上着。
小さくなっていた靴。
行き先のない切符。
どれも、魔法の道具ではありません。
持ち帰っても、人生が急に変わるわけではない。
ただ、
「これは私のものだったのかもしれない」
と気づくための場所です。
この物語では、
誰かが劇的に変わることはありません。
母も、兄たちも、
大きくは変わらない。
けれど、
主人公の「見え方」だけが、少しずつ変わっていきます。
・我慢が足りなかったわけじゃない
・優しくなかったわけでもない
・ただ、サイズが合わなくなっていただけ
そう気づいたとき、
初めて選べる距離があります。
近づかなくても、家族だった。
離れることで、続けられる関係もある。
これは、
「家族から逃げる話」ではありません。
「家族を許す話」でもありません。
自分の歩幅を取り戻す話です。
静かな語り口で進む連作短編です。
ホラーではありません。
でも、少しだけ、不思議な気配があります。
重いテーマを含みますが、あなたを責める言葉はひとつもありません。
もし読んでいて苦しくなったら、いつでも本を閉じてください。
この物語は、最後まで読み切ることよりも、あなたが呼吸を整えることを大切にしたいと思っています。
もし今、
・家族と距離を取りたいと思っている
・「自分が悪いのかもしれない」と考え続けてきた
・どこにも行けない気がしている
そんな状態なら、
この物語は、あなたの隣に静かに座るかもしれません。
答えは出しません。
正解も示しません。
ただ、
「もう少し息をしてもいい場所」があることを、
そっと置いておきます。
文字数 25,972
最終更新日 2026.03.17
登録日 2026.02.21
229
230
231
『長女だからと介護を押し付けられ会社を辞めた私、
父の葬式の翌日に追い出されたので――
特約付き贈与契約と不当利得返還請求で兄夫婦を破産させます』
― 詩 ―
長女だから、と
何度言われただろう。
その言葉は
鎖のように
静かに私の人生を縛った。
会社を辞めた日、
誰も「ありがとう」とは言わなかった。
夜中の三時、
父の呼吸を確かめながら
私は天井を見ていた。
人生は、
こんなふうに
すり減っていくものなのだと。
兄は言った。
「家族なんだから」
兄嫁は笑った。
「独身なんだから」
その言葉が
刃のように胸に刺さっても
私は黙っていた。
だって私は
長女だったから。
けれど
父の葬式の翌日。
玄関の前で
言われた言葉は
それでも、あまりに軽かった。
「もう用済みだから」
雨が降っていた。
三年分の時間が
アスファルトに溶けていく。
私は思った。
ああ、そうか。
家族って
こういうものだったのか。
だから私は
ポケットから
一枚の紙を取り出した。
それは
感情ではなく
涙でもなく
法律だった。
契約は嘘をつかない。
証拠は裏切らない。
そして制度は
静かに
すべてを計算する。
長女だから。
その言葉で
奪われた時間は戻らない。
けれど
その言葉で
踏みつけられた人生を
取り返す方法なら
知っている。
雨はやがて止む。
そして
私の名前で
新しい扉が
静かに登記される。
今度はもう
誰のためでもない。
これは
私の人生だ。
ようやく
そう言える
朝が来る。
文字数 21,676
最終更新日 2026.03.17
登録日 2026.03.17
232
文字数 1,498
最終更新日 2026.03.16
登録日 2026.03.16
234
235
【単話完結】
あなたの幸せは、どんな形をしていますか?
これはアルバイトで細々と生計を立てながら、日夜さまざまな勉強をして楽しく生きる若者を描いたお話です。
文字数 1,201
最終更新日 2026.03.16
登録日 2026.03.16
238
**私は弟のために生まれたんじゃない**
〜「お姉ちゃんなんだから」と人生を搾取された私、弁護士になったのでクズ家族に返還請求します〜
---
お姉ちゃんなんだから、と
何度言われただろう
その言葉は
優しい教えの顔をして
私の首に巻かれた
見えない鎖だった
譲りなさい
我慢しなさい
助けなさい
夢を見る前に
夢を諦めることを
教えられた
弟の皿には
肉が山のように積まれ
私の皿には
冷えた残り物
それでも母は言う
「お姉ちゃんなんだから」
その言葉が
まるで呪文のように
私の人生を
少しずつ削っていった
---
私は弟のために生まれたのだと
信じていた
そう思わなければ
この人生を
耐えられなかったから
けれどある日
一冊の本を開いた
そこには書かれていた
権利
という
初めて見る言葉
私はその文字を
何度もなぞった
権利
それは
私にもあるものなのだろうか
---
長い夜を越えた
眠れない机
ページをめくる音
誰にも知られない努力
それでも
心の奥では
ずっと響いていた
「お姉ちゃんなんだから」
その言葉と
戦いながら
私は歩いた
---
そして今日
私は静かに書類を差し出す
震えない手で
条文を読み上げる
あなたたちが
当然だと思っていたもの
それは
搾取という名前だった
あなたたちが
愛だと思っていたもの
それは
支配という形だった
---
私は弟のために生まれたんじゃない
私は
私のために生まれた
今日から私は
娘でも
姉でもない
あなたたちの
**債権者よ**
文字数 18,377
最終更新日 2026.03.16
登録日 2026.03.16
240
アルファポリスの現代文学小説のご紹介
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