「所」の検索結果
全体で18,220件見つかりました。
夜。
強い雨が降る中、甘粕正彦は漆黒のサキュバスと出会った。
全身は雨で濡れて、服は体に張り付いている。細い体だ。サキュバスとしては異端なほど華奢な方だろう。
そのサキュバスは地面に座り込んでいた。誰も通らない道の真ん中で、力なく座っている。冷たい風と水が彼女の体温を奪っているのにすぐに気づいた。息をする度に白が走っている
金色の瞳に光はなく、呆然としていた。
甘粕正彦は雨に濡れる少女に言葉を刺す。
「サキュバス、リルカフェ。なぁ、オイ。どうして泣いているんだ?」
「……」
「理由は知っているとも。だが人としての礼儀として直接本人に聞くのが当然だろう?」
「貴方は私の体を見てどう思いますか?」
「ふむ、まぁ少数派であることは予想出来る。ああ、続けてくれ」
「私はサキュバスです。妖艶で、美しく、大きな胸と、くびれた腰、大きく柔らかなお尻。男性を蠱惑する魅力的な存在……そうなるはずでした。しかし」
「胸は小さく、肉付きは悪く、ごぼうように細い。所謂スレンダー体型だな、とても、サキュバスとは思えない」
「その、とおりです。私はサキュバスとして落第です。私はこの痩せ細った体が、醜い体が憎いッ! 誰もが私を笑う、醜いと罵る、下劣だと嘲笑う。みんな! みんな!! お母さんもお父さんも私を捨てた!! 友達は陰で私を罠にハメていた」
それを聞いて男は笑う。
「なぁ、オイ、立ち上がれよ」
弱りきった魔族のサキュバス。
俺はそんな存在だからこそ立ち上がって欲しいと願う。
「己を否定され、排斥され、罵倒され、苦しいだろう。悲しいだろう。わかる、とは言わんよ。だが想像はできる。コミュティから弾かれ過ごすというのは過酷なものだ。だから、こそ、俺はお前に話しかけた」
「俺はお前に立ち上がってほしい。周囲の圧力に屈せず、立ち上がり、勝ち上がってほしい。この殺し合いの運命を勝ち生き残ると信じている」
文字数 7,446
最終更新日 2022.10.23
登録日 2022.10.22
二人の少女の、ひと夏の恋が交差する――。
―友梨編―
ある初夏の日のこと、○×高校の前にアイスクリームの移動屋台がやってきた。
人気スイーツレビューブロガーである二年生の香月友梨は、さっそくそこのアイスを味わい、バニラアイスの隠し味にわずかに岩塩が使われていることを言い当てる。
店長である小里にこらに見初められて、試食係として誘われたことでにこらとの交流が始まった。
しかし、そんな友梨を敵視する人物が現れ……。
―夕璃編―
○×高校一年生、水泳部所属の降雪夕璃は、学食で「フードファイター」と呼ばれる人物。
いつものように学食のお姉さんに、すべてが通常の三倍ある「ギガカツカレー」を注文・完食し感心され、生徒から喝采を受ける。
そんな彼女が、学校前によく来るようになった移動アイス屋台の店長・小里にこらに一目惚れしてしまう。
毎日のように爆買いする常連となるが、横で彼女の好感度を急速に上げていく小柄な先輩に強い嫉妬心を覚えるようになる。
このままではいけないと告白するが……。
文字数 17,526
最終更新日 2023.03.05
登録日 2023.03.05
文字数 3,878
最終更新日 2023.04.21
登録日 2023.04.20
山年咲見《やまとしさきみ》は魔王ディンプルディの復活と共にアパートごと異世界へと飛ばされた。 契約によって三つの願いを叶えてもらうため、ディンプルディと共に不労所得の夢を掲げ冒険の日々を過ごす。
文字数 127,247
最終更新日 2023.12.20
登録日 2023.10.16
櫻井斗真は喘息持ちの高校二年生。健康でスポーツが得意な弟と両親の四人家族。不健康な斗真は徐々に家族の中に自分の居場所がなくなっていく。
ある日、登校中に喘息発作で倒れる斗真。そんな斗真を高校三年の小掠隆介が助ける。隆介は小児科医院の息子。喘息発作の治療が必要な斗真は隆介の家で静養することとなる。斗真は隆介の優しさを素直に受け入れられず、自分と比べて惨めな思いに陥っていく。そんな斗真の気持ちを全て受け止めて寄り添う隆介と、徐々に距離を縮める斗真。
斗真に安心できる場所が出来たかと思われた頃、斗真が襲われる事件が起きて……。
文字数 77,190
最終更新日 2024.01.21
登録日 2024.01.01
『僕、美原充希は、内気な性格と人見知りが災いして、高校入学と同時に孤立した。
学校生活に何の楽しみも見出せない孤独な日々が続いている中、ある日、その生活は一変する。きっかけは、女子バスケ部のキャプテンである宮城ありさ先輩からの誘いだった。
ありさ先輩の情熱と覚悟、優しさに触れていくうちに、僕は女子バスケ部のマネージャーとして新たな役割を見つける。それから一年が経ち、高校二年生となった僕は、ゆっくりと、でも着実に自信を付けつつあった。
今では、ありさ先輩の一番近い場所から、尊敬と憧れを持って献身的に支えている。けれど、その純粋な憧れは、いつからか淡い恋心へと変わっていたが、それは決して口に出す事のない真っ白な感情だった。
ありさ先輩は、高校生最後のインターハイに向けて強い決意を胸に、日々練習に打ち込む。僕はそんな先輩を全力でサポートするために、そっと恋心に蓋をして、マネージャーとしてチームを支え続ける誓いを胸に刻む。
そして、本番を三日後に控えた今日、それは訪れた。
同級生である玉津涼之助の存在と、かつてのバスケ部キャプテンである犬絵沙奈との再会が、僕の甘酸っぱい日常と、ありさ先輩への秘めた想いを、妖艶な黒い影で塗り替えてしまう……。』
ーーー
投稿は不定期となりますが、できるかぎり早く、読者の皆様にお届けするよう努力してまいります。
稚拙な小説ではありますが、楽しんでいただけましたら幸いです。
これからよろしくお願いいたします。
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※官能小説となりますので、表現の方法によっては規約違反となり、投稿を中断しなければならないことがあります。その場合は他サイトにて投稿いたしますので、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。
文字数 153,267
最終更新日 2024.12.22
登録日 2024.09.22
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第五部
遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。
訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。
そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。
同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。
こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。
誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。
四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。
そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。
そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
文字数 300,115
最終更新日 2025.04.23
登録日 2025.02.28
***韓国とアメリカで一緒に連載されています。***
【ご注意】本作はスローファンタジーです。序盤では物語および主人公の背景描写がやや長めに展開されます。前半はビルドアップとしてお楽しみください。主要な戦闘は第6話から始まります。
公爵領の有能な従者だった青年シボネンは、些細な過ちから全てを失い、没落貴族となった。
住む場所も財産も失った彼は、生き延びるため民間商会への就職を決意する。
彼が飛び込んだのは、謎に包まれた巨大商会『オリン商会』。
不器用ながらも必死に現実と向き合い、再び運命に挑もうとする若き元貴族の成り上がり物語。
文字数 28,789
最終更新日 2025.05.02
登録日 2025.04.22
勇者パーティに所属していた戦士のアレン。彼は、所持しているスキル【凡才】を"無能スキル"だと断定され、パーティを追放されてしまう。
だが彼らは気づいていなかった。すべてが平均値になるのであれば、日常の積み重ねが結果を決める。つまり、他の誰にもない可能性を秘めたスキルだということに。
誰も見ていなくても、当然のことをきちんとやる。才能がなくても、努力でカバーする。
これは、誰よりも凡才だった少年が、世界最強の英雄になるまでの物語である。
文字数 17,683
最終更新日 2026.02.17
登録日 2026.02.13
― ヤァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!
その叫び声は、朝が始まったばかりのうちに、近所中に響き渡った。
大沢ハルミのこれまでの実績を考えると、
いくつか可能性が浮かぶ。
どれも、普通じゃない:
― 書類と紙の山に追いかけられる夢を見た。
(そう。紙が。彼女を追いかけてきた。
ちなみに彼女、住民票担当の部署で働いている。
そこは無視しておこう。)
― 虫を見た。
(トラには動じない。
でも小さな虫一匹で、自分の家をほぼ破壊しかけた。
一度や二度じゃない。)
― それとも――
なんでもない月曜日にスーパーで拾ってきた子どもたちのうちの一人に、
枕でぶん殴られて起こされた。妹も一緒に、ついでに連れ帰ってきた子どもたちに。
計画なし。
マニュアルなし。
後悔なし。
これは、カオスな物語だ。
何も、普通じゃない。
「何が上手くいかないのか」じゃない――
「なんでまだ生きてるんだろう?」それが、本当の疑問だ。
ようこそ、大沢ハルミのカオスな日常へ !
文字数 9,999
最終更新日 2026.05.02
登録日 2026.05.01
趣味で小説を書いているぼくはいつも自分の部屋で小説を書いていた。そんなある日、気分転換に外で作業をしようと思い都会の
静かな場所を探しに家の周りを散歩していた。そんな時、電車が通る橋の下にある小さな公園を見つける。そこは電車の音や道路の音で
うるさい周りとは裏腹になぜかそこはとても静かで心地よいかぜがなびきとても静かな不思議な雰囲気のある場所だった。
そこには水色のワンピースを着た笑顔のきれいな女の子が公園にいて・・・
登録日 2017.07.26
12年前、モデルにスカウトされたマリアは、冴えない中年の事務所長――柏木達彦(43)――に思いを寄せていた。が、彼には大女優の妻がいて、その想いを伝えることのないまま、売り出し中の読者モデルーーユウヤとの熱愛が報道される。
パーティの途中で、彼女はお腹に宿っていた小さな命を失った。
休養を兼ねてマリアはユウヤとバリで1週間の休暇を過ごすため、空港へ向かったのだが――
「人魚と水宝玉 【石物語 3月号】」のサイドストーリーです。
****
誕生石をモチーフにした、短・中編集『石物語 4月号』
『石物語』は宝石やパワーストーンや時にはただの石をテーマにしたお話シリーズです。
不定期で更新します
文字数 45,270
最終更新日 2020.04.11
登録日 2020.04.11
公爵家令嬢のアマーリアは、ある日突然、婚約者であった王太子アドリアンから婚約破棄を言い渡されてしまう。
「それは本当ですの? 殿方に二言はありませんわね!?」
以前から銀の鷲騎士団所属の騎士、ラルフ・クルーガーに憧れていたアマーリア。
けれど、自分には未来の王太子妃としての立場がある……とずっと想いを押し込めてきた。
これは千載一遇のチャンス!
「王太子殿下、ありがとうございます! アマーリアは殿下にいただいたこの機会、きっと叶えてみせますわ!!」
『一度放たれたら標的を射止めるまでは止まらない』と称された公爵家の情熱の血を受け継いだアマーリアの猪突猛進系の初恋はもう誰にも止められない。
◇表紙画像はフリー写真素材の「ぱくたそ」さんのものを使用させていただいています。
文字数 212,947
最終更新日 2023.09.14
登録日 2020.10.13
僕、五十嵐翔(いがらし・しょう)は高2の春、親の転勤で突如転校することになった。
そんな僕が辿り着いた街はあまり聞きなれない場所だった。
なのに設備が整いすぎていて、下手な地方都市よりも便利な、人口5000人くらいの小さな街。
その街に一つだけある高校への初登校時、最初に受けた質問は衝撃的だった。
「君は体のどこが悪いの?」
「え……?」
そして、僕はなぜそのようなことを問うと、驚くべき返答が帰ってきた。
「だって、ここの人口の約8割が5年以内の余命宣告を受けている人だからね」
そう、僕が引っ越した町は政府が作った最期の”生”を謳歌するための市街地……いや、”死”街地だった!
僕はそこで知り合った大切な仲間たちと日本一……いや、世界一濃い青春をして、冒険をする。
――さあ、僕たちの”幸せ”を探しに行こうー―
文字数 20,840
最終更新日 2022.04.04
登録日 2022.04.02
生まれつき魔力の所有量が多かった小国の姫レオーネは、その力を目的とされ大国の王子と婚約した。
時は流れレオーネは十五歳となり、大国の学園へ留学することに。
顔を合わせた婚約者は、態度がどことなくぎこちない。
レオーネは婚約者に問いた。
「私の今後の身の振り方に対して、何かご要望はありますか?」
そして婚約者は答える。
「婚約、なかったことにしないか」
文字数 59,200
最終更新日 2025.02.15
登録日 2024.12.16
目が覚めると青年に剣を突き付けられていた。
知らない場所、知らない青年に混乱した御影千晃(みかげちあき)は、そこが王城の中、王子の私室だと知る。どうやら千晃は異世界に転移してしまったらしい。
剣を突き付けていた青年、第一王子殿下によれば、この世界ではそういう訪問者――「マレビト」がたまに現れるという。
マレビトとして殿下の後見を受け、学園に通うことが決まった千晃だったが、どうやらこの世界では髪や目の色が薄いことが尊ばれているらしく、黒髪黒目は蔑まれているようで……。
それでも何とか殿下の顔を立てつつやって行こうと思っていたところ、千晃は王宮の廊下にロザリオが落ちているのを見つける。
何の気なしに拾い上げたら、突然黒髪の男が現れて――。
「お前の願いは何だ」
千晃は孤独だった。この髪と目のせいでこの世界に居場所がない。そんな彼女は、男に「ひとりは嫌だ」と告げる。
――ここに契約は成った。
魂と引き換えに悪魔ルキフェルと契約した千晃。
彼女はその色彩に加え悪魔との契約で悪目立ちしながらも、次々押し寄せる事件を解決し、王子に司祭、天使といった様々な人物、そして悪魔ルキフェルと仲を深めながらこの異世界を生き抜いていく。
文字数 69,553
最終更新日 2025.03.09
登録日 2025.02.21
就職活動に奔走する平凡な大学生、橘 祐一。
ふとした迷いから都内の片隅にひっそりと佇むバー, 「スペクター」 に迷い込んでしまう。
そこで出会ったのは、寡黙で、不愛想で、接客態度最悪なロシア系の女店主,イリーナ。
彼女は祐一を追い返そうとするが、気まぐれなのか、一杯のカクテルを差し出した。
やがて現れる謎の男・ボリス。
ロシア語で交わされる二人の会話、酒と煙草で満たされた空間。そこは非日常。
そして「スペクター」に足を踏み入れたことを契機に、祐一とイリーナの運命は大きく動き出す。
恋と幸せ、そして平和は此岸にあるのか、それとも彼岸か。
馴染みある場所から平穏が消え去るとき、彼らはユーラシア大陸を駆け抜ける旅へと身を投じることになる。
すべての答えを求めて——
祐一とイリーナ、二人の旅が今、始まる———
文字数 55,070
最終更新日 2025.03.21
登録日 2025.03.17
拝啓
先日書いた短編集で僕の全てを書き尽くしたと思っていたのですが、どうやらそれは間違っていたようです。腹の底、胸の奥というよりは心の底の方に、なにか残滓のようなものが眠っているのです。また、心の底という表現をしましたが、この違和感の所在地は心臓ではなく、脳のことを指しています。
僕はあの短編集に人生を詰めたつもりでした。余すことなく、残すことなく注ぎ切るように書いたのです。だと言うのにどうしたわけか、僕の身体には不明瞭ななにかが残っていました。空っぽになった心を逆さにひっくり返してみますがもちろんなにも落ちてきません。残っていること、なにかがそこで息を潜めていることは確実なのに、見ることもできなければ触れることもできないのです。
僕はずっとそれについて考え、この正体不明に対して悩みました。悩みに悩み、そしてようやくあることに気がついたのです。
僕には、僕という心を収容する身体が残っていました。僕の身体が心を収容する容器だったからこそ、僕が空白という見えない概念を持ち得ていたのです。この作られた空白、喪失こそが抱えていた残滓の正体でした。
先生は、この人のためなら死んでもいいと思ったことはありますか。僕はありません。僕にはそんなロマンチックなクライマックスなんて似合わないと思います。誰かのために死ぬと言うよりは、誰かを失った喪失感に押し潰されて自死を選ぶという方が僕らしいでしょうか。終わり方に正解がないからこそ、僕たちは惑い、そこに善悪や是非を付与するのかもしれません。
人生の価値は終わり方だとどこかの誰かが言っていました。ならばそれが自死であったとしても、誰かを想う結果なのであれば許されるような気すらします。そんな正当化された希死念慮を込めて、僕はこの小説をしたためました。
先生もいつか、誰かを想い、人生を揺さぶられる日が来るんでしょうか。僕はそんな日がずっと来ないことを願う反面、僕がその理由になれたら嬉しいと思ってしまう、そんな二面性を孕んだ恣意を抱えています。
敬具
文字数 5,923
最終更新日 2025.11.04
登録日 2025.11.04
三十二歳の編集者・高梨澪は、母の訃報を受け、十年ぶりに港町の故郷へ戻る。葬儀だけ済ませて東京へ帰るつもりだった澪だが、母が営んでいた小さな食堂「みなと日和」の常連たちに「最後にもう一度だけ店を開けてほしい」と頼まれる。
店の奥で見つけた大学ノートには、料理の作り方だけでなく、「離婚届を出した日の肉じゃが」「受験に落ちた日の卵焼き」「娘が出ていく朝の鰆」など、その料理を出した相手の事情が短く書き残されていた。母の食堂は、ただ空腹を満たす場所ではなかった。誰かが人生の節目に立ったとき、行く前に一度ちゃんと座っていていい場所だったのだ。
料理に自信のない澪は、一週間限定で昼だけ店を開けることを決める。味噌汁、焼き魚、小鉢。母の真似はできないまま、それでも目の前の客に食べられるものを出していく。進学で町を出る高校生、妻に先立たれた老人、娘を見送る父親。彼らに料理を出すたび、澪は母が見ていたのは「注文」ではなく、「注文の前の顔」だったと知っていく。
一方で、澪には母を許しきれない過去がある。上京が決まった日、母は「おめでとう」ではなく「そんな仕事、食べていけるの」と言った。最後までわかり合えないまま別れた母と娘。けれど遺品整理の中で、澪は自分の仕事の切り抜きや、出せなかった手紙、そして「澪が帰ってきた日に作る 春の炊き込みご飯」と記された一行を見つける。
帰ってくるはずのない娘のために、母は“帰ってきた日に食べさせるもの”を残していた。最後に澪は、その書きかけの献立を自分の手で完成させ、ようやく母に「ただいま」を返していく。
不器用な母娘の断絶と和解、町を出る人と残る人の小さな別れ、そして料理が言葉の代わりになる瞬間を描く、港町の食堂の物語です。
文字数 43,433
最終更新日 2026.04.05
登録日 2026.04.05
